第46回日本集中治療医学会学術集会

講演情報

Pros & Cons

[PC4] Pros & Cons4
敗血症性DICに対する抗凝固療法は有効か?

2019年3月2日(土) 15:25 〜 16:05 第4会場 (国立京都国際会館1F アネックスホール2)

座長:山川 一馬(地方独立行政法人大阪府立病院機構大阪急性期・総合医療センター高度救命救急センター)

[PC4-2] 敗血症性DICに対する抗凝固療法は行うべきでない

稲田 雄 (大阪母子医療センター 集中治療科)

ARS(視聴者参加型アンケートシステム)使用】

傷を負った動物は、止血・凝固により出血を止めるだけでなく、傷からの病原体の侵入と伝播を防ぐ必要がある。そこで節足動物では、凝固系が病原体に対する生体防御も担っている。一方で、哺乳類は進化の過程で別個の免疫系を確立させ、主に免疫系が病原体に対する生体防御を担うようになった。それでも、凝固系と免疫系は完全には独立せず、ヒトにおいても、凝固系は病原体の認識・隔離・破壊を助ける重要な役割を担っている。これが、immunothrombosisという概念である。しかしながら、immunothrombosisが制御不能に陥ってしまえば播種性血管内凝固症候群(DIC: disseminated intravascular coagulation)の原因となる。
さて、敗血症性DICに対する抗凝固療法を行うべきかどうかと考えたときに、進化の過程で温存されてきたimmunothrombosisという重要な生体防御系を崩すような抗凝固療法を行うべきではないと言える。一方で、immunothrombosisを制御不能に陥らせないように抗凝固療法を行うべきだという考え方も理解できる。では、敗血症性DICの一患者を目の前にしてどうすればよいだろうか?下記に、「敗血症性DICに対する抗凝固療法は有効か?」の問いに対して、Conの立場を取るべき理由をいくつか挙げたい。
第一に、敗血症治療薬の開発はことごとく失敗に終わっているという歴史を忘れてはならない。特に活性型プロテインC製剤の失敗から反省し学ぶべきことは多い。否定し得ない確固たるエビデンスなしに抗凝固療薬を使用することで、今までの失敗を繰り返しはしまいかと考える必要があるだろう。
第二に、抗凝固療法には害もある。全ての敗血症性DIC患者に投与すれば、当然ながら、害を被る患者もいるだろう。“ある特定の敗血症性DIC患者群”に対して有効であっても、他の患者群に対しては無効もしくは有害かもしれない。
最後に、抗凝固療法から恩恵を受けうる“ある特定の敗血症性DIC患者群”を正しく同定できるのかという問題である。敗血症患者の凝固状態は、感染への適切な反応すなわち統制のとれたimmunothrombosisから制御不能なトロンビン形成まで、“連続したつながり”である。この中から、“ある特定の患者群”を選択できるのか?さらには、年齢、基礎疾患、遺伝的要因などに起因する“患者間の不均一性”のみならず、同一患者においてもその病態や遺伝子発現が刻一刻と変化するという意味での“時間的な不均一性”も関わってくるだろう。敗血症性DICにおいて、このような不均一な患者群から“ある特定の患者群”を選ぶprecision medicineを実践するには時期尚早と言わざるを得ない。
このような理由から、「敗血症性DICに対する抗凝固療法は有効か?」の問いには、「ごく一部の患者では死亡率を改善させるのに有効かもしれないが、その可能性を根拠に多くの患者に抗凝固療法を行うべきではない」と答えたい。