第46回日本集中治療医学会学術集会

講演情報

パネルディスカッション

[PD13] パネルディスカッション13
(危機管理委員会企画) ICUは東京オリンピック・パラリンピック2020にどう備えるべきか

2019年3月3日(日) 14:00 〜 15:30 第1会場 (国立京都国際会館1F メインホール)

座長:川前 金幸(国立大学法人山形大学医学部附属病院麻酔科), 成松 英智(北海道公立大学法人札幌医科大学救急医学講座)

[PD13-6] 2020東京オリンピック・パラリンピックでの中毒多数傷病者発生時の集中治療室の役割

奥村 徹 (日本中毒学会 理事)

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オリンピック・パラリンピックでの中毒多数傷病者発生と言えば、最も典型的な例は化学テロであろう。日本は、1994年、1995年に松本・東京地下鉄両サリン事件を経験してはいるが、地下鉄サリン事件では、濃度の低いサリン溶液を入れた袋に穴を開けて立ち去るという極めて原始的な散布方法であった。その意味で、日本はまだ、大都市における本格的な化学テロを経験していないことになる。散布方法が本格的であれば、死者も数十-数百名、重症患者も数百名に及ぶことも覚悟しておかねばならない。例えば、神経剤の場合、呼吸停止を来した重症患者でも解毒薬を投与し、気管攣縮、分泌物をコントロールし、気管挿管して人工呼吸器管理下に置けば救命は可能であるが、その様な患者が数百名に達した場合、如何にマネージするかが問われている。欧米では、一台で複数の患者を同時に人工呼吸器管理下に置く呼吸器が発売されており、それが、ウォームゾーンのような現場でも使用開始できる様に空気取り入れ口にはマルチの吸収缶を装着出来るようになっている。人工呼吸器の需要が一気に高まる状況は化学テロに限った話ではなく、インフルエンザ・パンデミック対策にも言え、この様な備えはわが国でも必要であろう。また、糜爛剤が使用された場合には、多数の熱傷患者が発生する。しかも、糜爛剤による化学熱傷は一般の熱傷に比べ、経過が長く難治性であることも指摘されており、数百名の熱傷患者がより長期間、集中治療室での治療が必要になると言えば、その影響の大きさが分かっていただけると思う。もっとも、同じような状況は爆傷や大火災でも想定される状況である。以上の様に、集中治療における化学テロ対策は決して特殊なことではなく、他の危機的状況の応用問題であることが分かる。また、広く、中毒多数傷病者発生を考えると、古典的な化学兵器による化学テロに留まらない。特に、Toxic Industrial Chemicals (TICs) と言われる危険な化学工業品は、塩素、アンモニア、農薬、フッ化水素などに代表されるが、テロリストや犯罪者が自ら製造しなくとも広く一般に流通しており、入手もより容易である事から、最近益々その脅威が指摘されているところである。その意味では、大過なき対応のためには、国際化学物質安全性計画(IPCS)による解毒・拮抗薬評価で、A1(30分以内に投与することが望ましい有効性が確立した解毒・拮抗薬)と評価されている解毒・拮抗薬は各施設での備蓄が望ましい。中毒診断・治療の大原則は、有効な解毒薬・拮抗薬が確立している中毒物質から否定をして行き、解毒薬・拮抗薬の適応があれば一刻も早く投与することにある。