第46回日本集中治療医学会学術集会

講演情報

シンポジウム

[SY20] シンポジウム20
集中治療患者の低Na血症

2019年3月3日(日) 10:15 〜 11:45 第6会場 (国立京都国際会館1F スワン)

座長:齋藤 繁(国立大学法人群馬大学医学部附属病院麻酔科蘇生科), 升田 好樹(札幌医科大学医学部集中治療医学)

[SY20-3] 術後維持輸液が低Na血症に与える影響

古島 夏奈, 江木 盛時, 若林 潤二, 上野 喬平, 法華 真衣, 巻野 将平, 長江 正晴, 岡田 雅子, 溝渕 知司 (神戸大学 医学部附属病院 麻酔科)


術後患者では、血管内脱水・低血圧・嘔気・嘔吐・痛み・炎症などにより、バソプレッシンの分泌が亢進しSIADH(Syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone:抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)の病態が生じやすいことが知られており、術後集中治療患者における低ナトリウム(Na)血症の発生要因の一つとなっている(N Engl J Med. 2015; 372: 1349-58.)。術後低Na血症(血清Na濃度<135mmol/L)は、整形外科術後患者の27.9%に生じたとする報告(J Bone Joint Surg Am. 2015; 97: 1824-32.)や、頭頚部癌手術後患者の24.9%に生じたとする報告がある(Head Neck. 2016; 38 Suppl 1: E1370-4.)。
SIADHの病態下に低Na輸液製剤を術後維持輸液として使用すると、さらなる低Na血症をきたす可能性がある。当院における検討では、術後にNa濃度の低い輸液製剤を使用すると、術後48時間以内に52.9%の患者で低Na血症が発生しており、術後輸液のNa濃度が低Na血症の発生率に有意に関連していることが示された。低Na血症は脳浮腫に伴う脳症の発生や手術吻合部の浮腫に関係すると考えられている。また、術後低Na血症の発生は、せん妄発生率増加、合併症発生率増加、術後死亡率増加に関連することが報告されており(J Am Coll Surg. 2013; 216: 1135-43, Am J Med. 2009; 122: 857-65.)、術後患者における低Na血症の予防は非常に重要であると考える。
本邦では、維持輸液製剤として、3号液やリンゲル液が使用され、欧米諸国ではこれらに加えて生理食塩水+5%ブドウ糖(輸液中Na濃度77mmol/L)が使用されている。現在報告されている術後輸液中のNa濃度と術後低Na血症発生との関連を調べた報告の多くが小児患者を対象としており、小児術後患者を対象とした無作為化比較試験では、Na濃度の低い術後維持輸液を使用することで、低Na血症のリスクは約3倍となり、けいれんの発生率が増加する傾向があることが示唆されている(Paediatr Anaesth. 1998; 8: 69-71.)。一方、成人術後患者のガイドラインでは、低Na濃度の輸液製剤を維持輸液として使用することが推奨されているが(BMJ. 2013; 347: f7073.)、この推奨は、維持輸液量と輸液中Na濃度を同時に比較した小規模無作為化比較試験(Lancet. 2002;359:1812-8.)の結果をもとに提唱されており、成人術後患者に対する至適な術後維持輸液に関するエビデンスはいまだに乏しい。
当院において、成人術後における維持輸液を3号液からリンゲル液に変更した際の低Na血症発生率を比較したところ、前述の52.9%から16.3%に有意に低下した。また、術後輸液中のNa濃度と予後を検討した観察研究では、Na濃度が低い輸液の投与は、低Na血症発生率や病院滞在日数増加に関連することを確認している。術後輸液の選択は、低Na血症の発生に関連しており、患者の予後に影響すると考えられる。