第46回日本集中治療医学会学術集会

講演情報

シンポジウム

[SY9] シンポジウム9
敗血症患者の低体温をどのように扱うか?

2019年3月2日(土) 10:20 〜 11:50 第7会場 (国立京都国際会館1F Room E)

座長:小林 忠宏(国立大学法人山形大学医学部附属病院救急科), 中嶋 康文(関西医科大学麻酔科)

[SY9-1] ヒトの体温制御機構

中嶋 康文 (関西医科大学麻酔科学講座)

 恒温動物の哺乳類等は,ある一定の閾値間域内に体温を調節する生理的反応を携えているが,その平時体温が比較的高体温側に偏在している事が知られている。外温性(変温性)動物から内温性(恒温性)動物への動物の進化の過程で、同じ大きさの外温性動物と比べて内温性動物は約10倍以上のエネルギーを必要とし、その7割以上を体温維持に過消費することで、高度な運動能力と免疫能力を獲得してきた。 たとえば、体温が10℃高いと神経伝達速度は1.8倍、筋収縮力の速度と力は3倍に増加すると言う。免疫力に関しても、体温が1℃下がると免疫力が30%減少し、感染する菌の種類が6%増加するとされている。哺乳類の最も最適な体温は、細菌増殖と代謝のトレードオフの関係から36.7度であることを数式から導き出している報告もある。平時体温が高体温側にシフトしていることは、生体を構成するタンパク質の変成温度と関連する致死的温度と近接する事になる。しかし、不感温度が比較的高い亜熱帯-熱帯動物であるヒトは、暑熱環境時の最大皮膚血流量が心拍出量の50%以上になることや、体温調節のためのエクリン汗腺が哺乳類において最も発達していることが知られており、過度な高体温を防止する体温調節のための効果器官の反応を備えている。 
 しかし、意識下の健常者において、水循環スーツ着用により体表より加温することで放熱が阻害されると、容易に38℃以上の高体温になる一方で、36℃以下に強制的に体温低下するためには、体表からの冷却する方法では、末梢血管収縮が起きるために不十分で、中心静脈からの冷生理食塩水の急速注入が必要である。一方で、麻酔薬に対する末梢血管収縮、シバリング反応の閾値温度の低下は,皮膚血管拡張や発汗の閾値温度の上昇に比べ急激であることから、ヒトは麻酔、鎮静下には容易に高体温より低体温になりやすい現象は興味深い。これらの薬理作用は、治療的低体温導入時に麻酔鎮静薬を使用することから、治療にも応用されている。
 今回のシンポジウムが企画される事になったきっかけは、敗血症患者の体温管理が現在のトピックになっているためである。本来、発熱は感染症への防衛反応として異物除去の合目的な能動的な反応であるが、重症感染症の場合は、体温調節反応の閾値温度上昇による体温調節が制御された状態にあるわけではなく、極度の高体温になる一方で低体温にもなる自己生命維持破綻の危険性と常に隣り合わせの危険な反応で、何れも予後が悪いことが知られている。つまり、敗血症病態においても、重症度が上昇するに伴い体温調節反応が抑制され、重症敗血症病態においては全身麻酔下の患者と同様に自律性体温調節反応の閾値間域が増大していると考える事もできる。これらの問題は、今後の研究課題であるが、本シンポジウムが今後の重症患者の体温管理の一助になることを期待する。