第95回日本医療機器学会大会

講演情報

教育講演

教育講演2 医療の経営パフォーマンスと医療資源の生産性について

座長:臼杵 尚志(香川大学)

[教育講演2] 医療の経営パフォーマンスと医療資源の生産性について

田倉 智之 (東京大学大学院医学系研究科医療経済政策学講座)

医療サービスの価値評価は,その背景や目的,または立場にそって多種多様な考え方(アプローチ)が存在するが,医療システム(医療制度など)の視点から一般的に整理を試みるならば,国民の疾病負担(生命や健康へのリスクを含)の軽減のみならず安心感や幸福度などの向上が挙げられる.また,この概念をさらに拡大すると,安定供給の担保なども挙げられることになり,国民皆保険制度の持続的発展への貢献も重要な価値と考えられる.
特に,保険財政がひっ迫する医療分野は,診療の生産性向上がより一層期待されており,費用対効果などを考慮した診療選択も望まれている.
外科療法や薬物療法の生産性を論じる場合,「診療行為の生産性(パフォーマンス:手技などの技術特性別の費用対効果)×組織経営の効率性(ボリューム:症例数や稼働率などの市場要因)=経済影響(インパクト)」で整理がなされる.前者は,概ね診療報酬制度に資する議論であり,後者は比較的,病院経営の戦略に関わる内容といえる.今後の医療制度改革などでは,両者のバランスをより一層論じることが望まれる.
医療経営の効率性の事例として,循環器内科医による外来診療を経済的寄与のみならず臨床的実績の複数指標の多項目から成る包絡分析法(DEA)で評価した報告を紹介する.その研究では,生産効率の一つの指標である診察時間あたりの償還請求額(点/分)は,患者状態が重篤化すると有意に上昇している.また診察段階別に観察すると,フォローアップは初診に比べて,その生産効率の指標が有意に低下する結果となっている.
続いて費用対効果評価であるが,医療技術評価(HTA)などによる医療費の適正化に関心が集まるなか,2019年度より医薬品と医療機器を対象に診療報酬制度に導入されている.
この費用対効果評価は,獲得した臨床成果と医療資源の消費のバランスを論じる手法である.我が国の費用対効果評価は,その結果を保険償還の可否の判断に用いるのではなく,いったん保険収載した上で価格の調整に用いることになる.その目的は,医療保険財政への影響が大きな医薬品や医療機器に対して,費用対効果の観点から評価して価格の妥当性を検証することが挙げられる.
すなわち,評価をした結果が良い場合については価格を引き上げるルールを組み込みつつ,結果が妥当である場合(一定の基準範囲に収まる;500万円/QALY)は価格を維持し,結果が悪い場合については価格を下げるという方向性が示されている.その基準としては,患者アウトカムも包含し海外のHTAで広く選択されている質調整生存年 (Quality Adjusted Life years;QALY)が適用される.
なお,医療機器は,医薬品と比べて幾つかの固有の特徴を有しており,それらに配慮した医療経済評価が望まれる.主な特性のうち,提供方法を含む製品構成,要素技術,使用期間,改良頻度は,技術的な色彩が強い要素と考えられる.特に,提供方法と使用期間は,医薬品と大きく異なる.なお,医療機器の医療経済評価に関わる論文数は,1980年の報告数に対して2018年で約30倍と増加傾向にあり,注目度の高まりが推し量られる.
例えば,高額治療機器の代表である補助人工心臓は,体外式を含む63例の補助人工心臓装着患者の費用対効果分析の報告によると,3年間という短い分析期間下でも,1,086万円/QALY と海外に比べて良い成績である.その他,消化器領域の癌治療に適用される留置ステントについては,治療成績と費用負担の両者を考慮した臨床研究の報告がある.さらに,潜在性結核感染(LTBI)のスクリーニング・システムを評価した報告も散見する.