第96回日本医療機器学会大会

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Special lecture

特別講演3 日本で開発された軟性内視鏡の歴史とこれからの開発展望

座長:矢冨 裕(東京大学)

[特別講演3] 日本で開発された軟性内視鏡の歴史とこれからの開発展望

藤城 光弘 (東京大学大学院医学系研究科 消化器内科学)

上部消化管内視鏡検査の代名詞でもある“胃カメラ”.しかし,現在の上部消化管内視鏡検査に実際に用いられている内視鏡は,胃カメラではなく電子スコープである.なぜこれほどまでに“胃カメラ”という呼称が広く普及しているのか.その正確な理由はわからないが,胃カメラは1950年に本邦で開発され,かつて胃癌大国であった本邦において一部では集団検診に取り入れられるなど,積極的な産学官による胃カメラの発展・普及が推進されたという背景事情に加え,一般人にも検査目的のイメージがわきやすい名称であること,一般人にとってはつらい検査の代表格として広く認知されたこと,などに起因するのかもしれない.その後,現像を待って確認する胃カメラからファインダー付きの胃カメラ,そして,ファイバースコープ,電子スコープと,軟性内視鏡は進化を遂げて現在に至っている.
胃カメラの開発は,胃内観察を可能とする医療機器の単なる開発にとどまるものではなかった.胃カメラは胃疾患の診療を画期的に向上させるものであったが,その操作技術,診断技術を指導するための教育や,写真画像という客観的な情報を体系づけるための研究を必要とし,1955年に胃カメラ研究会が発足する.1959年に胃カメラ学会に発展し,1961年に日本内視鏡学会と改名され,1973年には日本医学会分科会加盟を目指して,消化器に特化した内視鏡を扱う日本消化器内視鏡学会へとさらに改名され現在に至っている.胃カメラという一つの医療機器開発の滴が,やがて大きなうねりとなって一つの学問領域を創成したわけである.
胃カメラからファイバースコープへの進化は,軟性内視鏡を組織採取や治療がおこなえる医療機器に高めるとともに,消化管全域,肝胆膵領域へと診療対象を大きく広げる結果となった.また,電子スコープへの進化はテレビモニタでの観察を可能とし,複数の医師や医療従事者が画像を共有して診断,治療をおこなえるようになるとともに,照射光を変更することで,または撮像素子で得られた電気信号に様々な画像処理を加えることで,肉眼では見落としてしまうような病変も判別できるようになり,内視鏡診断学は飛躍的に発展した.さらに,診断能の向上のみならず,軟性内視鏡の操作性や機能性を向上させる技術開発も格段に進歩し,様々な外科的処置,手術が内視鏡的なものへ置き換わった.内視鏡診断学と内視鏡治療学を車の両輪として,現在進行形で,消化器内視鏡学は進化し続けている.
現在の消化器内視鏡は,経時的に消化器の各部域にアプローチし,局所の観察,組織採取,医薬品等の投与・診療機器留置等を可能とするものである.しかし,内視鏡にはさらに多くの可能性が秘められており,現時点では軟性内視鏡に潜在する能力の一部が臨床応用されているにすぎないと演者は考えている.消化器は生命維持に欠くことのできない消化吸収栄養器官であると共に,内分泌代謝,免疫など幅広い役割を担っており,脳腸相関をはじめ多臓器連関の中心に位置する.軟性内視鏡を用いて,消化器で展開される生命現象を解明していくことで,消化器疾患の領域を越えた多くの疾患,さらには未病,老化等の予防・治療にも繋げることができるものと信じている.そのためには,内視鏡診断を単なる疾患病理中心の形態観察から生命現象観察へ,内視鏡治療を組織破壊・切除技術から細胞・組織機能回復・移植技術へと深化させる必要があると考えており,益々の医工連携,産学官連携が求められている.本講演では軟性内視鏡に纏わる過去,現在,未来について,演者の研究内容も交えながら概説をしたい.