第97回日本医療機器学会大会

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Presidential Lecture

大会長講演 高齢化・超高齢社会における世界課題の解決に向けた東京大学緩和ケア診療部での医療機器関連研究の取り組み

Sat. Jun 4, 2022 11:30 AM - 12:00 PM 第1会場 (アネックスホール F201+F202)

座長:高階 雅紀(大阪大学)

11:30 AM - 12:00 PM

[大会長講演] 高齢化・超高齢社会における世界課題の解決に向けた東京大学緩和ケア診療部での医療機器関連研究の取り組み

住谷 昌彦 (東京大学医学部附属病院 緩和ケア診療部)

医療機器の進歩とともに歩む医療介護技術の発展によって、平均寿命は大幅に延伸した一方、少子化が進行し、人口増加を上回る高齢化のために、我が国は世界に先駆けて65才以上人口が全人口の28%を超えるという超高齢社会へと突入した。疾患の予防や治療の向上は平均寿命を右肩上がりに延伸したが、日常生活が制限されることなく生活できる期間である健康寿命は、約10年平均寿命を下回り、高齢者の多くが身体活動に制限のある生活を送っている。今後も身体活動に制限(身体的フレイル)のある高齢者が増加することから、医療介護費用を含む社会保障給付費は2018年から2040年にかけて約60%増加すると予想されており、国内総生産GDPの増分(約30%増)を著しく上回ることが見込まれている。世界でも欧米先進国だけでなく、発展途上国でも衛生環境の向上等により平均寿命が延伸し、高齢化が加速的に進みつつある。このような世界規模で進む高齢化・超高齢社会を維持するために、生活習慣病や運動器疾患の発症基盤となる身体的フレイルを予防・改善する新しい治療法・医療機器の開発が求められている。
我々は高齢者・患者が地域コミュニティの生活空間内で活き活きと暮らすこと(Well-being)をコンセプトとして、様々な医療機器開発研究に取り組んでいる。その一つとして、Real-time近赤外線キャプチャから高齢者・患者の全身運動を現実空間の映像と組み合わせて3次元コンピューター・グラフィックス(3D-CG)でディスプレイ提示する拡張現実(AR)技術を用いた在宅運動トレーニング機器の開発を行い、短期間の使用でも運動機能、筋力の改善とともに日常生活動作(ADL)、特に公共交通機関の利用への心的負担感が軽減することを確認した。今回、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により世界各国で移動抑制が行われたが、元々高いADLを持つ高齢者ほど、外出制限が著しいQOLの低下に関連することが示されており、平常時における高齢者の外出の促進はQOL向上の意義が高いと言える。また、身体的フレイルの高齢者では、自己身体に対する自信の低下から自分自身で行動制限を行い、このためさらに廃用が進み身体的フレイルが悪化するという悪循環が形成され、ますます外出できなくなってしまう例も多い。このような背景より、我々は脊髄損傷による下肢麻痺患者が歩行機能を再獲得できるアシスト・スーツ開発から、高齢者向けのウェアラブル歩行支援装置を応用開発した。
これまで開発されてきた医療機器は、疾患の診断・治療を目的としているが、我々がターゲットとしているような疾患前状態(身体的フレイル)は医療介護とヘルスケアの狭間に位置付けられ、医療機器開発承認までの道程が定まっていない。身体運動の視点ではPrehabilitation(予防的リハビリ・運動療法)の考え方が広がりつつあり、このような疾患前状態の予防・診断・治療のための医療機器開発の立ち位置について考察する。