第22回認知神経リハビリテーション学会学術集会

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[S5] 神経系(その他)

[S5-02] 嗅覚ならば注意を向けることができた症例に対する介入経験

*大房 賢五1、中里 瑠美子1 (1. 東京女子医科大学附属足立医療センター リハビリテーション部)

【はじめに】
 今回,五感の中でも嗅覚が持つ特性に着想を得て介入した結果が有用であり,特に思案した一例だったので考察と共に報告する.

【症例紹介】
 症例は左頭頂葉皮質下出血/脳室穿破にて全般的注意機能低下,失行,失語,利き手である右手に他人の手徴候を呈した70代女性である.BRS:上肢Ⅴ手指Ⅴで右片麻痺は軽度,感覚は精査困難,勝手に動く右手に気づくことはなかった.言語や視覚,体性感覚では注意を向けられず,知覚もイメージ想起も困難だった.ジェスチャーを求めると何か要求されていることは分かっているようであったが,何について応えればいいのか分からないようで困惑した表情を見せた.終始混乱していたが,自らの身体を意のままに動かせないことに対する病感はあるようだった.

【病態解釈/治療方略】
 灌流領域である頭頂葉の機能低下と関連領域の機能解離が生じ,下頭頂小葉における多感覚統合から運動イメージ想起に至るまでの認知過程を組織化できず,結果として単純なジェスチャーさえ意図して表出できずにいると考えた.そこで本能や情動,記憶との深い関連性や皮質を経由せずにダイレクトに大脳辺縁系へ情報を伝えられる特殊性を持つ嗅覚に着想を得た.嗅覚という注意をきっかけに“情報変換の環”を循環させることができれば,強いストレスを与えることなく無理なく行為の創発に繋げられるのではないかと考えた.

【経 過】
 コーヒーの香りから「好き」「知っている香り」という感情が表出された.嗅覚に注意が向くと,味覚「苦い」,視覚「黒い」「カップ」,体性感覚「熱い」「右手で飲む」などの多感覚を,対話を通して徐々に連想することができた.食に関する文脈の繋がりから「おにぎり」が想起され,どのように握るのかという問いに対し,両手で握るという運動イメージが生成されたことでジェスチャーに応じることができた.

【考 察】
 嗅覚はその特性から強く注意を向けることなく“情報変換の環”と結びつき,イメージ想起という弱い注意での循環を図ったことが不完全ながらも停滞していた認知過程の活性化に繋がったと考える.本症例は意図や想いはあっても意味も何も創れない状況にあったと思われる.今回,自ら想起できたイメージを自らの両手を以て行為として創発できた体験は本症例にとって意義のある経験になったのではないかと考える.

【倫理的配慮】
 本発表に対し,症例には口頭にて説明し同意を得ている.