Riabilitazione Neurocognitiva 2023

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会長講演

会長講演

[CL] 会長講演

Sun. Oct 8, 2023 2:20 PM - 3:00 PM 第1会場 (B2F 伊藤謝恩ホール)

2:20 PM - 3:00 PM

[CL-01] この世の喜びよ- ペルフェッティの認知神経理論の視点からの解釈 -

*宮本 省三1 (1. 高知医療学院)

『この世の喜びよ』は井戸川射子の小説のタイトルである.2022年に第168回「芥川賞」を受賞している.本の帯には「思い出すことは世界に出会い直すこと」と記されている.
 人間は自己の記憶や経験を他者に語る.主人公の女性は少女に「あなたと話したいから思い出したの」と言う.つまり,「この世の喜び」とは,「あなたに何かを伝えられる喜び」に他ならない.そして,この講演も「この世の喜び」である.それは「私があなたに何かを伝えられる喜び」である.
 今回,私はあなたに3つの言葉を伝えたい.ただし,抄録では①についてのみ記す.②は記号システムの世界,③は過去の記憶と未来のイメージである.
 
 ①『神経再利用(neural reuse, by Anderson)』
 ②『世界制作の方法(version, by Goodman)』
 ③『心的時間旅行(mental time travel, by Tulving)』

 認知神経リハビリテーションでは「行為間比較」が臨床導入されている.患者には過去の行為を思い出し,経験したエピソードをセラピストに語ることが求められる.その「行為の記憶と訓練を比較し,関連づけることが回復(学習)を促す」と仮説立てている.
 つまり,身体への認知問題(空間問題・接触問題)の提示による認知過程(知覚,注意,記憶,判断,言語)と行為間比較による認知過程の比較と関連づけが重視されている.
 一方,「神経再利用(ニューラル・リユース, Anderson ML: After Phrenology - Neural Reuse and the Interactive Brain, 2014)」は人間の脳機能の進化的な組織化原理における「神経可塑性のメカニズム」を説明する最新の理論であり,「ある確立された脳機能の神経ネットワークを,その元の機能を失うことなく再利用し,より複雑な神経ネットワークを形成することで,新たな機能を創発すること」を指す.そして,1)典型的な脳領域は多くの認知機能に利用される.2)進化的に古い脳領域はより多くの認知機能に利用される.3)より新しい認知機能はより多くの広範囲に分散した脳領域を利用する.
 たとえば,サルや人間の道具使用は神経再利用によって生じる.人間の場合,確立された身体機能の感覚運動ニューロンの神経ネットワークから,知覚の予測,運動イメージ,行為のエピソード記憶の想起,行為のシミュレーション,物体のメンタルローテーションといった新たな認知機能の神経ネットワークを創発する.進化的により新しい言語機能は広範囲に分散した脳領域を利用する.したがって,大脳皮質のある特定の領域(area)のニューロン群は複数の機能に関連して活動している点で古典的な機能局在論は否定される.ブローカ野は発語機能だけを担っているわけでなく,ミラーニューロン機能など複数の認知機能に関連して働いている.また,角回は異種感覚情報変換(視覚-言語-運動の情報変換)のハブで多機能である.したがって,21世紀を生きるセラピストは18世紀後半の「ガルの骨相学」とは決別しなければならない.残念ながら未だ大脳皮質の機能局在論を信じているセラピストは多い.
 ここでは「認知問題(訓練)」を確立された身体機能の神経ネットワーク,「行為間比較(行為の記憶)」をより複雑な認知機能の神経ネットワークだと仮定してみよう.リアルな現実世界とイメージの非現実世界をつなげようとしている.あなたは認知神経リハビリテーションが神経再利用による脳機能の再学習を目指していることを理解するだろう.
 認知神経リハビリテーションは未完成の「脳のリハビリテーション」だが,神経再利用の説明が加わることで,より神経生物学的な根拠に基づく行為の学習理論にバージョン・アップするはずである.それは無意味な理論の戯れや上空飛行ではなく,意味ある臨床での訓練に反映されなければならない.難解な理論をいくら語っても,訓練として実践できなければ価値がないからだ.
 また,人間の「学習する脳」はAIとは異なる.人間の脳は身体機能(行為)から複数の認知機能(認知)を創発し(身体化された心),「私(一人称)の世界」を生きる.さらに,ペルフェッティは「身体を介して世界に意味を与える」と言っている.セラピストはもっと訓練に「私にとっての意味」を付与すべきである.臨床での訓練に多様な「私の生きる意味」が含まれていること.21世紀の臨床は,そんな「人間のリハビリテーション」を目指すべきである.
 さらに,あなた(セラピスト)の「学習する脳」は,あなたの認知問題についての脳機能を神経再利用して,あなたの行為間比較についての脳機能を創発する.あるいは,あなたは古いセラピスト(私)の脳機能を神経再利用して,新しいセラピスト(あなた)の脳機能を創発する.同様に,患者の「学習する脳」でも神経再利用によって脳機能の発達や機能的再編成(Luria)が起こるはずだ.その変化を起こす人間をペルフェッティは「認知神経人間」と呼んでいるが,私も,あなたも,患者も神経再利用によって認知神経人間になるのだ.私はあなたにそのことを伝えたい.なぜなら,これが私の「この世の喜び」だからである.