日本臨床神経生理学会学術大会 第50回記念大会

講演情報

アドバンスレクチャー

アドバンスレクチャー3

2020年11月26日(木) 10:40 〜 11:10 第4会場 (1F C-1)

座長:立花 直子(関西電力病院 睡眠関連疾患センター/関西電力医学研究所 睡眠医学研究部)

[AL3-1] 睡眠を動かす薬剤

杉田尚子 (京都大学 大学院 医学研究科 脳病態生理学講座(精神医学教室))

演者は2年ほど前に精神科リエゾンチームを立ち上げ、それまで当直医が場当たり的に相談を受けていた他科患者さんのメンタルに関する相談事例をまとめるようになった。実際に始めてみると相談内容の圧倒的多数は睡眠薬に関するものである。一般に精神科医は実は睡眠について不勉強である。全国の大学で睡眠医学のグループを有する精神科教室は少なく、睡眠専門外来の多くが精神科以外の診療科出身の医師によって構成されている。それにも関わらず、総合病院で患者さんが眠れないときに相談を受けるのは精神科医である。「睡眠のことはよく知らない」では許されないという反省をこめて、眠るための薬の選択について話し、精神科リエゾン・コンサルテーションの現場でよく使われる睡眠薬以外の向精神薬の仕様についても触れたい。睡眠薬の百年の歴史を振り返ると、古い順に、バルビツール酸系、非バルビツール酸系、ベンゾジアゼピン系、非ベンゾジアゼピン系(Z-drug)、メラトニン受容体作動薬、オレキシン受容体拮抗薬に大別される。20世紀の幕開けに、バルビタールが1902年に初めて合成された。それまで睡眠薬として使われていた臭素酸カリウムは強い毒性とパーマ液のような悪臭があったが、バルビタールは味も臭いもましで、飲みやすく毒性のない安全な薬だとされ大流行した。同じ作用機序のバルビツール酸系/非バルビツール酸系睡眠薬が次々に製造され、20世紀前半の睡眠薬の主流だったが強い依存性や毒性があり全く安全ではなかった。1955年に偶然発見されたベンゾジアゼピン受容体作動薬は、内因性GABAを介さないと作用できないことから過量服用しても死なない安全な薬として全世界に急速に広まり、現在も主流であるが、実際には過量服薬による死亡例は珍しくない。2000年代以降、ベンゾジアゼピン構造を持たない「非ベンゾジアゼピン系」と呼ばれる睡眠薬が次々に登場した。それらはZを頭文字に持つことから別名Z-drugと呼ばれる。依存耐性や反跳性不眠の出現率が低いと言われるが、Z-drugもベンゾジアゼピン結合部位に作用する。英語ではbenzodiazepine-like(ベンゾジアゼピン様)とも表記されるように、「ベンゾジアゼピン系ではない薬」ではなく「ベンゾジアゼピン構造を持たないベンゾジゼピン類似の薬」である。2010年代以降は、GABAA受容体作動薬ではない新しいタイプの睡眠薬であるメラトニン受容体作動薬やオレキシン受容体拮抗薬が広まった。まだ現時点では薬の種類が少ないが、今後はこれらの群の新薬が増え、GABAA受容体作動薬に取って代わる可能性はある。しかし、「これまでにない安全さ」を売りに爆発的に広まった後に新たに問題が見つかることは睡眠薬の百年歴史で繰り返されてきた。情報に踊らされずに慎重に見守りながらより安全な薬へと世代交代が進むことに期待したい。