[AL5-2] うつ病に対するrTMS療法の保険収載後の現況
2019年6月、わが国において初めてrTMS療法が保険収載された。その適応は、1剤以上の薬物療法に反応しない成人(18歳以上)のうつ病患者である。日本精神神経学会ではrTMS適正使用指針を策定し、2018年4月に公開している。その指針では、対象集団、有効性・安全性、実施者および施設基準などに言及している。しかしながら、同指針と保険診療で求められる算定要件(留意事項)とは部分的に乖離しており、診療所での実施を認めない厳しい施設基準によってrTMS療法を保険診療として実施できる医療機関は限定的となっている。一方で、患者、家族からのrTMS療法への医療ニーズは大きく、限られた医療機関に患者が集中したり、自由診療での実施を求めたり、といった状況(需要と供給のアンバランス)が認められている。わが国では、一部の診療所において自由診療としてのrTMSが大規模に展開されており、明らかに医療倫理を逸脱している事例も散見されている。今回の保険収載がこうした課題の解決に貢献していないのが実情である。さらに施設基準を満たす医療機関においても、毎回必要となる消耗品(センスター)費用と診療報酬(1,200点)の差が少なくて、装置導入費用や医師の人件費などを考慮すると収益を上げられない状況があり、深刻な普及の妨げとなっている。このため、経営維持の観点から、入院でのrTMS療法実施件数が増える可能性があり、rTMS療法導入による入院費抑制という厚生労働省の思惑に逆行する側面も懸念される。rTMS療法をわが国に定着させるための取り組みの一つが2020年9月に開始された市販後使用成績調査(PMS)である。うつ病へのrTMS療法は国内でIII相試験を実施していないため、日本人におけるrTMS療法の安全性・有効性を検証する初の大規模調査(20施設、300名)になるため、厚生労働省は通常よりも高精度な調査を要求している。これを成功させることが重要であり、将来的に施設基準などの緩和を要求する根拠となる可能性が期待される。以上のように、今回の保険収載は自由診療の課題を解決できておらず、実施医療機関に経済的負担をもたらし、国の医療費抑制に貢献しているとも言えず、今後の更なる改善が必要とされている。rTMS療法が薬物療法や心理療法と調和しつつ、精神科治療の新たな選択肢として適切に普及することが患者の社会復帰やQOL向上に貢献すると期待される。本レクチャーでは、適正使用指針の概要や算定要件との乖離点を解説した上で、保険収載後の状況を紹介しつつ、わが国における適切な均てん化に向けた議論を共有したい。なお、本発表は解説と現状報告が主な目的であるため倫理審査員会などでの審議は実施していない。