日本臨床神経生理学会学術大会 第50回記念大会

講演情報

ベーシックレクチャー

ベーシックレクチャー5

2020年11月26日(木) 14:40 〜 15:10 第3会場 (2F B-2)

座長:今城 靖明(山口大学 大学院医学系研究科 整形外科)

[BL5-2] 手根管症候群の電気診断

宮地洋輔1,2 (1.横浜市立大学 医学部 脳神経内科・脳卒中科, 2.帝京大学 医学部 脳神経内科・神経筋電気診断センター)

手根管症候群(carpal tunnel syndrome:CTS)は,「症候群」であることから必ず何らかの症状が存在し,一般的には手を中心としたしびれ・痛み・筋力低下などの特徴的な病歴・症候から診断される。しかしCTSには広く普及した使いやすい診断基準は存在せず, 神経生理学的検査の中でも特に神経伝導検査(NCS)は,最も重要な補助診断の役割を担っている。まずここで重要なのは,CTSの診断のためには単に通常のルーチンNCSを実施すればよいというものではないということである。通常の正中神経の運動神経伝導検査(MCS)・感覚神経伝導検査(SCS)だけでは,CTSの診断感度は60%程度に過ぎず,1/3もの例を見逃しかねない。このため,臨床的にCTSが疑われた例では,CTSの診断のための特異的な検査を追加して実施すべきである。具体的には,他の神経との比較を行う虫様筋-骨間筋比較法・環指比較法・母指比較法や,正中神経の中で手根管を含む部位と他部位との比較を行う示指記録手首-手掌刺激逆行性SCSなどが挙げられる。特に環指において尺骨神経と感覚神経の伝導を比較する環指比較法は,感度が最も高いことが知られており有用である。また,正中神経支配の第2虫様筋と尺骨神経支配の第1掌側骨間筋とで比較を行う虫様筋-骨間筋比較法は,通常の正中神経MCS・SCSで活動電位が消失してしまい手根管部での伝導障害を証明しにくいような重症例でも,波形の導出がえられやすく,試みる価値がある。実際に我々はCTS疑い患者の診断のためには,正中神経のMCS・SCSの他に,虫様筋-骨間筋比較法,環指比較法,母指比較法,示指記録手首-手掌刺激逆行性SCSの各種比較法に,同側尺骨神経のSCSを加えた計7つを実施し,さらに対側でも上記のうちの一部を実施し,臨床的にCTSを疑った手のNCSが健側(ないし軽症側)と比較してよりCTSらしい所見を呈していることをもって初めて,CTSと診断している。その他に,MCSの手掌刺激や,順行性手掌-手首混合神経伝導検査のほか,運動・感覚神経のインチング法,さらに短母指外転筋の針筋電図なども用いられる場合があるが,それぞれ様々な問題もあり我々は行っていない。ではこれまで述べたように,感度の高いものまで組み合わせてNCSを実施すればCTSを確実に診断できるのかというと,実はそうではない。全く症状のない健常者でも,CTS様のNCS所見がえられる,すなわちNCSの偽陽性が少なからず存在するのである。こういったCTS様のNCS所見は一般人口の10%程度にみられ,糖尿病患者,手をよく使う労働者,また高齢者ではさらに多くみられることを知っておく必要がある。このため,NCSでCTS様の所見がえられただけではCTSであると診断してはならず,結局のところCTSの臨床診断と他疾患の除外を確実に行うことが重要なのである。本講演では,CTSのための各種神経生理学的検査の具体的な実施方法や注意点などを中心に,CTSの診断のためのポイントを概説する。