日本臨床神経生理学会学術大会 第50回記念大会

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関連学会合同シンポジウム

関連学会合同シンポジウム16 神経痛性筋萎縮症(NA):新しい概念を巡って (日本末梢神経学会)

2020年11月27日(金) 15:00 〜 16:30 第5会場 (1F C-2)

座長:園生 雅弘(帝京大学医学部脳神経内科)、加藤 博之(信州大学医学部附属病院 整形外科/流山中央病院 手肘・上肢外科センター)

[CSP16-1] 神経痛性筋萎縮症の概念とその変遷

園生雅弘 (帝京大学 医学部 神経内科)

「神経痛性筋萎縮症(neuralgic amyotrophy [NA])の障害部位はどこ?」と尋ねられたら、多くの方が「腕神経叢?」と答えるのではないだろうか?しかし、これは今や誤りである。NAは1948年にParsonage and Turnerによって提唱された概念である。彼らは自験136例を報告したが、その大多数は単ニューロパチーないし多発性単ニューロパチーであるとしており、長胸神経、腋窩神経、肩甲上神経が最も高頻度に障害されていた。少数の症例は神経根ないし脊髄の障害と推測しているが、「腕神経叢障害」という言葉は全く出て来ない。NAが腕神経叢障害と広く信じられるようになったのは、1972年にMayo Clinicからの論文が出てからである。彼らは99例を腕神経叢ニューロパチー(brachial plexus neuropathy [BPN])の名前で報告した。しかし、局在が腕神経叢であるという積極的な証拠を示したわけではない。これ以後、NAは腕神経叢障害であるという説が支配的となったが、NAはあくまで多発性単ニューロパチーであると主張する研究者も少数ながらいた。この問題へのbreak-throughは日本の手外科医からもたらされた。即ち、Naganoらは、1996年にNA類似の臨床像を呈する特発性前骨間神経麻痺において、前骨間神経より近位の正中神経本幹部分に砂時計様(hourglass-like)のくびれが見られたことを報告し、これは機械的要因ではなく、炎症に続発するものだろうと考察した。次いでこのくびれが神経超音波で描出可能なことが示された。最近になってこの所見を明確にNAと結びつける論文も次々と出て来ており、2018年Sneagらは、高解像度MRIでNA27例を検討し、障害のある末梢神経では大多数でくびれなどの異常が見られたが、腕神経叢部の異常は3例に過ぎず、いずれも末梢神経病変の近位への進展であったと報告した。これより、NAの主病変は腕神経叢ではなく、個々の末梢神経であることが今日ほぼ裏付けられた。すなわち、「神経痛性筋萎縮症はもはや腕神経叢ニューロパチーではない!」のである。特に日本で、NAとの鑑別上問題となる疾患に頸椎症性筋萎縮症(cervical spondylotic amyotrophy [CSA])がある。最近ではCSAをNAとする誤診が多く見られる。日本ではCSA: NAの比率はおよそ9:1であり、圧倒的にCSAの方が多い。また日本のNAは欧米に比べて後骨間、前骨間神経などを障害する遠位型が多く、前鋸筋を障害する典型的な近位型は少ない。後骨間神経麻痺を呈するNA(特発性後骨間神経麻痺)は下垂指を呈するが、同じく下垂指を呈する遠位型のCSAの方がはるかに多く、こちらは尺骨神経支配筋の障害を伴うことが鑑別点となる。このように、CSA とNAの鑑別は、筋力低下の分布が、前者では正確に髄節性であること、後者では髄節に合わない多発性単ニューロパチーの形をとることがポイントとなる。NAの予後は一般に良好だが、CSAでは予後不良例が多いことからも、両者の鑑別は重要である。