[EL4] 術中脊髄機能モニタリング―温故知新―
演者が米国Rancho Los Amigos Hospitalに留学中の1969年晩秋の頃、頭蓋骨直達牽引法であるHalo Ringを開発した業績で知られるJaquelin Perry が私に、術中脊髄機能をモニタリングする方法はないかと尋ねられた。当時行われ始めていた前方椎体骨切り術を利用する手術の合併症である脊髄機能障害を忌避することは重要な命題であった。このように、世界で初めてintraoperative spinal cord monitoringという言葉を使い、その開発を考えられたのは演者の知る限りにおいてはDr. Jaquelin Perryであった。演者はまずSEPの利用を考えたが、当時の電子機器の機能は十分でなく、整形外科の手術室において非侵襲的に記録することは困難であった。その為に、脊髄刺激・脊髄記録による脊髄誘発電位を利用する基礎的実験をRancho Los Amigos Hospitalで行い, 1970年帰国後千葉大学整形外科にて基礎的研究を継続した。術中脊髄機能モニタリングにこの電位を応用し、その有用性を初めて示したのは演者らのグループであったと考えている。 1972年以降、侵襲的方法を厭わないグループでは脊髄誘発電位、その他のグループでは、SEPによるモニタリングが行われていた。その後、1980年にMerton and Mortonによる大脳経皮的刺激による筋誘発電位記録方法が開発され、非侵襲的に運動関連神経組織の観察を可能とする契機となった。その後は、電極設置が非侵襲的に可能なこと、電子機器の機能の発達などにより、大脳刺激筋記録電位とSEP を指標とする方法が主流となっている。1993年Taylorによる脊髄刺激による筋誘発電位記録法、Taniguchiによる大脳連発刺激法の開発の後は、術中脊髄機能モニタリングの新しい方法論は提起されていない。しかし、既存の方法論の臨床応用に関連した様々な、問題点あるいは新しい知見が報告されている。それらの一つは、大脳刺激・筋記録電位のanesthetic fadeの問題である。長時間手術に際して観察される振幅低下の現象であるが、その発現機序については、いまだ結論は出されていないと言わねばならない。この電位に対するaugumentation効果から、神経筋接合部のみならず高位中枢における感覚路の終末と運動領野の関連についても考察が拡がる。また、残された課題の一つは、大血管外科に際して合併しうる脊髄損傷の予防である。大脳刺激・筋誘発電位によるモニタリングの有用性についての報告が多くなされているが、果たしてそうであろうか?False positiveあるいは敏感すぎるモニタリングに対して外科医は手術遂行に際して満足しているのだろうか? 虚血性脊髄障害の複雑性についても十分理解して更なる研究がなされなければならない。公示すべきconflict of interestはありません。