[TPL-01] フォンタン術後患者のQOL向上をめざして:経時的な病態観察から学ぶ
この度、栄えある高尾賞を受賞することができ大変名誉に思うとともに、選考委員および推薦して頂いた先生方、そしてこれまでに支えて頂いた多くの諸先生方と家族に深く感謝致します。私の小児心臓との関わりは、磐城市立総合いわき共立病院での長井靖夫先生との出会いから始まりました。当時、救急に強い小児科医を目標としていた自分は、呼吸循環を中心に理路整然と病態を説明してくれる長井先生に感銘を受け小児循環器医を志しました。そんな時期に長井先生より高尾先生の逸話も随分と拝聴し、この受賞には感慨深いものがあります。長井先生の勧めで最終的に国立循環器病センターでの研修をはじめました。今は亡き神谷哲生先生と出会いは衝撃的で、人の上に立つものの生き様を様々な観点から考えさせられる存在でした。そして、神谷先生を取り巻く、今回推薦して頂いた新垣義夫先生や小野安生先生をはじめ多くの小児循環器のスタッフの先生方、また八木原俊克先生をはじめとした小児心臓外科の先生方、更には、同期や多くの若い先生との出会いも自分の小児循環器医としての駆け出しには大変恵まれた環境にあったと感謝しています。
私の小児循環器研修は新生児心疾患のトレーニングと同時に運動負荷試験との関わりから始まりました。様々な病態の運動ストレス生理は心不全を含む呼吸循環病態生理の把握には極めて有意義で、運動生理を通じて様々な小児循環器病の病態に遭遇し、小児のリジリエンスを肌で感じてきました。その中で、特に複雑先天性心疾患のストレスに対する生体応答の理解は興味深く、この病態を深く理解することが患児やその家族のQOL向上に大きく役立つと考えています。そんな疾患の一つがフォンタン(F)術後患児でした。
F循環は成人循環器疾患になく、我々小児循環器医に様々な問いを投げかけています。術前は、『この子はフォンタンできるかな?』、術後は『運動してもいいのかな?水泳は?』『結婚できるかな?こどもは?』『何歳まで生きられる?』これらの疑問に立ち向かっていく上で、動物モデルで再現することが困難な状況では、臨床研究が小児循環器領域では極めて重要であること痛感させられる日々が続いています。Fの病態を把握するには全ての患者の病状の把握に務めなければならないと考えました。幸いなことに当院でのF術後遠隔期生存者が約400例に達し、成人例も100例を超え、その遠隔期を含んだ様々な病態が徐々に明らかとなってきています。
当院での最近30年の観察から、その予後は近年劇的に改善していますが(1)、低心機能、房室弁閉鎖不全、総静脈還流異常は依存として術後早期の予後悪化の危険因子で、逆に良好な房室弁閉鎖機能は良好な遠隔期と関連することが分かりました(2)。一方、F術後の心室収縮性の不均一性や心血管の力学的特性は生来の避けられないものの(3)、最近の検討では術後遠隔期の良好なF患者の特徴は心肺機能が高いが、必ずしも心血行動態と強く関連しない事実がありました(2, 4)。従って、F患者の管理ではF循環成立とその安定を目指した術後早期の治療から、その遠隔期では、潜在的な多臓器機能低下予防を意識した管理法の重症性が示唆されました。例えば、体心室収縮性や心拍出量は予後と密接に関連しないが(2)、非心臓的な病態、即ち腎機能や糖代謝異常、更には運動時心肺機能維持の重要性でした(4)。即ち、成人F患者の病態は小児Fの病態と異なると考えられます。また、F術後患者での全ての主要な運動時心肺機能が心事故や死亡を予測することを初めて示しました(5)。高い運動時心肺機能維持には肺循環を含めた全身血管機能維持重が重要であることから、F患者の心不全と糖脂質代謝異常との関連に着目し、F患者での頻度の高い耐糖能異常という新たな病態を報告し(6)、更に、耐糖能異常は心肺機能と関連し、また、低血糖が心事故や死亡と関連することが分かりました(7)。更には、F術後の重篤な合併症である蛋白漏出性胃腸症(PLE)の発症に関し血行動態異常、特に静脈高血圧の意義を明らかとし、その発症予防(患者選択)の重要性を示し、この病態発症予防には経過観察中の静脈高血圧を防ぐ綿密な管理の重要性を示しました(8)。また、血栓出血の問題では、血行動態および抗凝固療法とこの合併症の関連の複雑さから、臨床現場から期待される抗凝固療法の画一化の困難性を示し、病態に合わせた柔軟な抗凝固療法を推奨しました(9)。更には、最近の肝腫瘍を含めた肝機能障害による予後悪化が懸念され、これらの早期発見のための肝臓超音波の重要性に着目しています。更に、最近では肝機能障害や門脈圧上昇が全身血管抵抗と密接に関わり肺循環と体循環の血管抵抗の不均衡を引き起こし心事故、特にPLE患者の予後を強力に規定することを見いだした(Mt Fuji Forum 2015)。
これらの長いF術後患者の経過観察から、F患者の病態が患者の成長とともに変化し、術後早期、中期、遠隔期での心事故予測因子も刻々と経時的に変化することです(48th AEPC 2014)。心臓と非心臓といった潜在的な各臓器機能の相互関連を意識し、病態を把握しながら管理することが遠隔期QOL向上に欠かせないものであり、まさしく、高尾先生が提唱した“発達心臓病学”はF患者には欠かせない概念です。F術後遠隔期ではその成長に伴い多くの不都合な問題が明らかとなりつつありますが、依然その全貌は不明で、心血管病態と密接に関わる生活習慣病や心腎あるいは心肝連関を含めた我々の総合的な研究に加え、精神心理学的側面を加える必要があると考えています。
一臨床医として今回の受賞を励みにF患者をはじめと多くの先天性心疾患患者の生涯にわたるQOL向上に今後も務めたいと考えています。
今回の受賞と関連する主な論文
1.Ohuchi H, et al. Impact of Evolution of the Fontan Operation on the Early and Late Mortality. A Single Center Experience of 405 Patients over 3 Decades. ATS. 2011;92:1457-66.
2.Ohuchi H, et al. Long-Term Serial Aerobic Exercise Capacity and Hemodynamic Properties in Clinically and Hemodynamically Good, “Excellent”, Fontan Survivors. Circ J. 2012;76:195-203.
3.Ohuchi H, et al. Systemic ventricular morphology-associated increased QRS duration compromises the ventricular mechano-electrical and energetic properties long-term after the Fontan operation. IJC. 2009;133:371-80.
4.Ohuchi H, et al. Comparison of Prognostic Variables in Children and Adults with Fontan Circulation. IJC. 2014; 173: 277-283.
5.Ohuchi H, et al. Prognostic Value of Exercise Variables in 335 Patients after the Fontan Operation: A 23-year Single-center Experience of Cardiopulmonary Exercise Testing. CHD. 2015;10:105-16.
6.Ohuchi H, et al. High prevalence of abnormal glucose metabolism in young adult patients with complex congenital heart disease. AHJ 2009; 158:30-9.
7.Ohuchi H, et al. Low fasting plasma glucose level predicts morbidity and mortality in symptomatic adults with congenital heart disease. IJC. 2014; 174: 306-312.
8.Ohuchi H, et al. Hemodynamic Characteristics Before and After the Onset of Protein Losing Enteropathy in Patients After the Fontan Operation. EJTCS. 2013; 43:e49-57.
9.Ohuchi H, et al. Prevalence and Predictors of Hemostatic Complications in 412 Fontan Patients Their Relation to Anticoagulation and Hemodynamics EJTCS. 2015; 47: 511-9.
私の小児循環器研修は新生児心疾患のトレーニングと同時に運動負荷試験との関わりから始まりました。様々な病態の運動ストレス生理は心不全を含む呼吸循環病態生理の把握には極めて有意義で、運動生理を通じて様々な小児循環器病の病態に遭遇し、小児のリジリエンスを肌で感じてきました。その中で、特に複雑先天性心疾患のストレスに対する生体応答の理解は興味深く、この病態を深く理解することが患児やその家族のQOL向上に大きく役立つと考えています。そんな疾患の一つがフォンタン(F)術後患児でした。
F循環は成人循環器疾患になく、我々小児循環器医に様々な問いを投げかけています。術前は、『この子はフォンタンできるかな?』、術後は『運動してもいいのかな?水泳は?』『結婚できるかな?こどもは?』『何歳まで生きられる?』これらの疑問に立ち向かっていく上で、動物モデルで再現することが困難な状況では、臨床研究が小児循環器領域では極めて重要であること痛感させられる日々が続いています。Fの病態を把握するには全ての患者の病状の把握に務めなければならないと考えました。幸いなことに当院でのF術後遠隔期生存者が約400例に達し、成人例も100例を超え、その遠隔期を含んだ様々な病態が徐々に明らかとなってきています。
当院での最近30年の観察から、その予後は近年劇的に改善していますが(1)、低心機能、房室弁閉鎖不全、総静脈還流異常は依存として術後早期の予後悪化の危険因子で、逆に良好な房室弁閉鎖機能は良好な遠隔期と関連することが分かりました(2)。一方、F術後の心室収縮性の不均一性や心血管の力学的特性は生来の避けられないものの(3)、最近の検討では術後遠隔期の良好なF患者の特徴は心肺機能が高いが、必ずしも心血行動態と強く関連しない事実がありました(2, 4)。従って、F患者の管理ではF循環成立とその安定を目指した術後早期の治療から、その遠隔期では、潜在的な多臓器機能低下予防を意識した管理法の重症性が示唆されました。例えば、体心室収縮性や心拍出量は予後と密接に関連しないが(2)、非心臓的な病態、即ち腎機能や糖代謝異常、更には運動時心肺機能維持の重要性でした(4)。即ち、成人F患者の病態は小児Fの病態と異なると考えられます。また、F術後患者での全ての主要な運動時心肺機能が心事故や死亡を予測することを初めて示しました(5)。高い運動時心肺機能維持には肺循環を含めた全身血管機能維持重が重要であることから、F患者の心不全と糖脂質代謝異常との関連に着目し、F患者での頻度の高い耐糖能異常という新たな病態を報告し(6)、更に、耐糖能異常は心肺機能と関連し、また、低血糖が心事故や死亡と関連することが分かりました(7)。更には、F術後の重篤な合併症である蛋白漏出性胃腸症(PLE)の発症に関し血行動態異常、特に静脈高血圧の意義を明らかとし、その発症予防(患者選択)の重要性を示し、この病態発症予防には経過観察中の静脈高血圧を防ぐ綿密な管理の重要性を示しました(8)。また、血栓出血の問題では、血行動態および抗凝固療法とこの合併症の関連の複雑さから、臨床現場から期待される抗凝固療法の画一化の困難性を示し、病態に合わせた柔軟な抗凝固療法を推奨しました(9)。更には、最近の肝腫瘍を含めた肝機能障害による予後悪化が懸念され、これらの早期発見のための肝臓超音波の重要性に着目しています。更に、最近では肝機能障害や門脈圧上昇が全身血管抵抗と密接に関わり肺循環と体循環の血管抵抗の不均衡を引き起こし心事故、特にPLE患者の予後を強力に規定することを見いだした(Mt Fuji Forum 2015)。
これらの長いF術後患者の経過観察から、F患者の病態が患者の成長とともに変化し、術後早期、中期、遠隔期での心事故予測因子も刻々と経時的に変化することです(48th AEPC 2014)。心臓と非心臓といった潜在的な各臓器機能の相互関連を意識し、病態を把握しながら管理することが遠隔期QOL向上に欠かせないものであり、まさしく、高尾先生が提唱した“発達心臓病学”はF患者には欠かせない概念です。F術後遠隔期ではその成長に伴い多くの不都合な問題が明らかとなりつつありますが、依然その全貌は不明で、心血管病態と密接に関わる生活習慣病や心腎あるいは心肝連関を含めた我々の総合的な研究に加え、精神心理学的側面を加える必要があると考えています。
一臨床医として今回の受賞を励みにF患者をはじめと多くの先天性心疾患患者の生涯にわたるQOL向上に今後も務めたいと考えています。
今回の受賞と関連する主な論文
1.Ohuchi H, et al. Impact of Evolution of the Fontan Operation on the Early and Late Mortality. A Single Center Experience of 405 Patients over 3 Decades. ATS. 2011;92:1457-66.
2.Ohuchi H, et al. Long-Term Serial Aerobic Exercise Capacity and Hemodynamic Properties in Clinically and Hemodynamically Good, “Excellent”, Fontan Survivors. Circ J. 2012;76:195-203.
3.Ohuchi H, et al. Systemic ventricular morphology-associated increased QRS duration compromises the ventricular mechano-electrical and energetic properties long-term after the Fontan operation. IJC. 2009;133:371-80.
4.Ohuchi H, et al. Comparison of Prognostic Variables in Children and Adults with Fontan Circulation. IJC. 2014; 173: 277-283.
5.Ohuchi H, et al. Prognostic Value of Exercise Variables in 335 Patients after the Fontan Operation: A 23-year Single-center Experience of Cardiopulmonary Exercise Testing. CHD. 2015;10:105-16.
6.Ohuchi H, et al. High prevalence of abnormal glucose metabolism in young adult patients with complex congenital heart disease. AHJ 2009; 158:30-9.
7.Ohuchi H, et al. Low fasting plasma glucose level predicts morbidity and mortality in symptomatic adults with congenital heart disease. IJC. 2014; 174: 306-312.
8.Ohuchi H, et al. Hemodynamic Characteristics Before and After the Onset of Protein Losing Enteropathy in Patients After the Fontan Operation. EJTCS. 2013; 43:e49-57.
9.Ohuchi H, et al. Prevalence and Predictors of Hemostatic Complications in 412 Fontan Patients Their Relation to Anticoagulation and Hemodynamics EJTCS. 2015; 47: 511-9.