15:40 〜 16:25
[II-TPL-01] 心筋緻密化障害~症例報告から遺伝子解析まで20年間の研究から見えたもの~
心筋緻密化障害(LVNC)は、心室壁の過剰な網目状の肉柱形成と深い間隙を形態的特徴とし、AHA分類では、遺伝的要素の強い心筋症の一つとして分類されている。私共は、1996年に、わが国では初めてのLVNCの兄弟例を報告し、その後全国調査を行い、さらに長期予後調査と臨床遺伝学的研究を進めてきた。
LVNCの典型例は、胎児期や新生児期に心不全のため死亡し、心移植の対象になっている疾患である。LVNCには、高率(40%)に家族例が認められ、サルコメアや細胞骨格蛋白遺伝子異常の他、シグナル伝達系など多数の遺伝子異常が報告されている。胎生初期においては、心室心筋は粗な網目状の肉柱を形成しスポンジ状で、正常の胎児心筋の発達過程では、次第にこの網目状の肉柱や深い間隙が消失し、緻密な心筋構造になっていく。LVNCにおいては、この緻密化する過程が停止し、スポンジ状の胎児心筋が遺残し、逆に、心筋緻密層が低形成になると仮説されているが、そのメカニズムは明らかではない。近年、胎児心エコーでの報告が増え、その約半数は胎児期や新生児早期に死亡していることが明らかとなり、今後、発症にかかわるメカニズムが解明されることが期待される。動物実験では、肉柱形成と緻密化の過程に関わる数多くの遺伝子が報告されているが、これらNotch signalingを中心とする遺伝子群のうち、人間で報告されている遺伝子はごく稀であり、そのため心臓の発生に関わる研究者からも新たに注目を集めている。
血行動態の特徴は心収縮力の低下で、心収縮力が低下する機序は、著明な肉柱形成のために心内膜面や肉柱間隙からの血液供給が障害され、心内膜下の心筋虚血を引き起こし、さらに本来の緻密層が菲薄であるためと推論されている。臨床像は、1)心不全、2)血栓塞栓症、3)不整脈、特に致死的な不整脈を合併する場合がある。発症の時期は、胎児期、新生児期〜乳児期、学童期〜思春期、あるいは成人で心不全発症するものまで多岐にわたっている。発症の半数以上を占める新生児期、乳児期発症では、重篤な心不全症状で発症し予後が不良であるが、これに対し、学童期〜思春期発症(若年例)では、患者家族の検索や心電図検診で、無症状のうちに発見されているものが多く、比較的良好な経過をとるものが多い。しかし、20年間にわたる調査では、若年例でも致死的不整脈や塞栓症のため長期予後には差がなく、長期にわたる経過観察が重要であることが示唆された。また、診断時の心不全症状の有無と心機能低下が、発症年齢よりも予後を決定する重要な因子であることが明らかとなった。心機能低下に関わる因子としては、心エコー上のN/C比(N肉柱層、C緻密層)の関与は薄く、むしろ緻密層の低形成が重要な因子であることが明らかとなった。
心筋疾患関連の70種の遺伝子群に関する網羅的遺伝子解析では、サルコメア(特にMYH7)やTAZ遺伝子の他、イオンチャネルや転写因子など広範囲の遺伝子変異のスペクトラムを示し、肥大型心筋症など他の心筋疾患との相違が明らかとなった。中でも、サルコメア、TAZ遺伝子変異や、特にこれらの二重変異を呈する症例の予後が不良であり、これらの症例では、心移植や除細動器の埋め込みなどを見据えた、早期の治療計画の立案が望まれる。サルコメア遺伝子変異を有する患者のiPS細胞から誘導した心筋細胞では、サルコメアの構造変化が認められ、機能解析ではカルシウムハンドリングの脆弱性が明らかであった。さらに、このサルコメア遺伝子が心臓発生に関わる数多くの遺伝子群の発現調節に関わっていることが示唆された。
LVNCは、先天性心疾患に合併してみられる場合もあり、最近では、Ebstein病との合併例が報告され、MYH7遺伝子異常が高率であることが報告されている。心筋緻密化障害の診断には心エコーがもっとも有用であるが、統一した診断基準はない。JenniやStollbergerらの成人の診断基準では、over diagnosisされている可能性が指摘されている。成人では、二次的な心筋障害のremodelingの過程で、過剰な肉柱形成が見られることがあり、しかも自然に消退することが報告されている。このremodelingの過程と胎生期の緻密化障害が共通する分子機序を有するかどうかは不明であり、今後の課題である。
20年以上にわたる私共の研究成果は、これまで多数の症例を共有し遺伝子解析の機会を与えていただき、予後調査に関わっていただいた、全国の諸先生方と患者様方のご協力の賜物であり、深謝の意を表したい。
LVNCの典型例は、胎児期や新生児期に心不全のため死亡し、心移植の対象になっている疾患である。LVNCには、高率(40%)に家族例が認められ、サルコメアや細胞骨格蛋白遺伝子異常の他、シグナル伝達系など多数の遺伝子異常が報告されている。胎生初期においては、心室心筋は粗な網目状の肉柱を形成しスポンジ状で、正常の胎児心筋の発達過程では、次第にこの網目状の肉柱や深い間隙が消失し、緻密な心筋構造になっていく。LVNCにおいては、この緻密化する過程が停止し、スポンジ状の胎児心筋が遺残し、逆に、心筋緻密層が低形成になると仮説されているが、そのメカニズムは明らかではない。近年、胎児心エコーでの報告が増え、その約半数は胎児期や新生児早期に死亡していることが明らかとなり、今後、発症にかかわるメカニズムが解明されることが期待される。動物実験では、肉柱形成と緻密化の過程に関わる数多くの遺伝子が報告されているが、これらNotch signalingを中心とする遺伝子群のうち、人間で報告されている遺伝子はごく稀であり、そのため心臓の発生に関わる研究者からも新たに注目を集めている。
血行動態の特徴は心収縮力の低下で、心収縮力が低下する機序は、著明な肉柱形成のために心内膜面や肉柱間隙からの血液供給が障害され、心内膜下の心筋虚血を引き起こし、さらに本来の緻密層が菲薄であるためと推論されている。臨床像は、1)心不全、2)血栓塞栓症、3)不整脈、特に致死的な不整脈を合併する場合がある。発症の時期は、胎児期、新生児期〜乳児期、学童期〜思春期、あるいは成人で心不全発症するものまで多岐にわたっている。発症の半数以上を占める新生児期、乳児期発症では、重篤な心不全症状で発症し予後が不良であるが、これに対し、学童期〜思春期発症(若年例)では、患者家族の検索や心電図検診で、無症状のうちに発見されているものが多く、比較的良好な経過をとるものが多い。しかし、20年間にわたる調査では、若年例でも致死的不整脈や塞栓症のため長期予後には差がなく、長期にわたる経過観察が重要であることが示唆された。また、診断時の心不全症状の有無と心機能低下が、発症年齢よりも予後を決定する重要な因子であることが明らかとなった。心機能低下に関わる因子としては、心エコー上のN/C比(N肉柱層、C緻密層)の関与は薄く、むしろ緻密層の低形成が重要な因子であることが明らかとなった。
心筋疾患関連の70種の遺伝子群に関する網羅的遺伝子解析では、サルコメア(特にMYH7)やTAZ遺伝子の他、イオンチャネルや転写因子など広範囲の遺伝子変異のスペクトラムを示し、肥大型心筋症など他の心筋疾患との相違が明らかとなった。中でも、サルコメア、TAZ遺伝子変異や、特にこれらの二重変異を呈する症例の予後が不良であり、これらの症例では、心移植や除細動器の埋め込みなどを見据えた、早期の治療計画の立案が望まれる。サルコメア遺伝子変異を有する患者のiPS細胞から誘導した心筋細胞では、サルコメアの構造変化が認められ、機能解析ではカルシウムハンドリングの脆弱性が明らかであった。さらに、このサルコメア遺伝子が心臓発生に関わる数多くの遺伝子群の発現調節に関わっていることが示唆された。
LVNCは、先天性心疾患に合併してみられる場合もあり、最近では、Ebstein病との合併例が報告され、MYH7遺伝子異常が高率であることが報告されている。心筋緻密化障害の診断には心エコーがもっとも有用であるが、統一した診断基準はない。JenniやStollbergerらの成人の診断基準では、over diagnosisされている可能性が指摘されている。成人では、二次的な心筋障害のremodelingの過程で、過剰な肉柱形成が見られることがあり、しかも自然に消退することが報告されている。このremodelingの過程と胎生期の緻密化障害が共通する分子機序を有するかどうかは不明であり、今後の課題である。
20年以上にわたる私共の研究成果は、これまで多数の症例を共有し遺伝子解析の機会を与えていただき、予後調査に関わっていただいた、全国の諸先生方と患者様方のご協力の賜物であり、深謝の意を表したい。