第54回日本小児循環器学会総会・学術集会

講演情報

高尾賞受賞記念講演

高尾賞受賞記念講演(III-TPL)

2018年7月7日(土) 11:20 〜 11:50 第2会場 (301)

座長:坂本 喜三郎(静岡県立こども病院 心臓血管外科)

[III-TPL-01] 先天性心疾患を有する新生児が救急車に乗らずにすむ周産期医療の実現

稲村 昇 (近畿大学医学部 小児科)

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研究の背景
私が小児循環器学を志した1980年後半は、症状が出現してから重症先天性心疾患(CHD)の診療が始まった。このため、症状の発見が遅れたために専門病院に着いても助からないCHD、専門病院に搬送することもできないCHDを数多く経験した。出生前に診断できていれば、このような不幸を回避できたはずである。私はCDHの胎児診断を普及させ重症CHDを有する新生児が救急車に乗らずにすむ周産期医療を目指した。
CHDの胎児心臓スクリーニングに関する報告の多くは正常と対比するスクリーニングに重点がおかれている。新生児期に重症化するCHDは限られている。完全大血管転位(TGA)、総肺静脈還流異常(TAPVC)、大動脈縮窄(CoA)はその代表的なCHDであるが、これらは胎児スクリーニングが困難なCHDでもある。
本研究の目的は新生児期に重症化する胎児スクリーニングが困難なCHDに特化した簡便なスクリーニング方法見出すことと、この簡便なスクリーニング方法を地域医療機関に広めことである。
方法
南大阪地区の産科医院と協力し、ローリスク妊娠の胎児心エコー画像を解析した。画像の解析は小児循環器専門医が行った。個々のCHD(TGA, TAPVC, CoA)に特徴的な画像を同定し、正常胎児と対象CHDの胎児心エコーデータを比較し、χ二乗検定とROC解析で統計的に有用なカットオフ値を求めた。
結果
TGAの大血管は大動脈が上、肺動脈が下に位置する。これはTGAに特徴的な所見で、正常では three vessel trachea viewがV字になるが、TGAでは大動脈が肺動脈の上にあり前方から起始するため長い大動脈がI字になる(I-shape sign)。I-shape signはTGAのスクリーニングに非常に有用で感度96.7%,特異度97.1%であった。
TAPVCは左房後方に共通肺静脈が位置するが、正常では左房後方には何もなく下行大動脈が近接する。この特徴を検証するために 左房後壁/下行大動脈前壁の距離(post LA space index)を計測した。TAPVC 6例のpost LA space indexは1.51±0.71、正常97例は0.71±0.23であった (p<0.001)。ROC解析ではカットオフ値は1.27(感度100%,特異度99%)であった。
CoAは左室心パフォーマンスの低下を反映し大動脈峡部に逆流血が観察されることが知られている。この特徴を検証するためにCoA症例における大動脈峡部に逆流血を後方視的に検証した。結果は妊娠35週以前であれば大動脈峡部に逆流血が観察された症例がCoAである感度は77.8%、特異度は69.2%であった。このことより妊娠週数が35週以前の胎児における大動脈峡部に逆流血はCoAスクリーニングに有用と考えられた。
TGAでのI-shape sign、 TAPVCでのpost LA space index、CoAの大動脈峡部に逆流血はこれまでスクリーニングが困難とされていたCHDを簡便にスクリーニングできる方法を加えることで従来のスクリーニングがより有用なスクリーニングなることが示唆された。スクリーニング方法の地域への普及活動
活動内容は地域医療機関の超音波技師を修練生として積極的に受け入れる教育と毎月1回の勉強会の開催である。この結果、胎児診断数は年々増加し、TGAは80%、CoAは70%が胎児診断を受けるようになり、TAPVCも昨年2例目の胎児診断例を経験した。年間50名近い新生児搬送による先天性心疾患の入院が年間数例にまで激減した。
近年は、胎児診断できてよかったと実感してもらえるようにお母さんへの告知から出産・育児までトータルに関わるチームでの対応が必要となっている。本研究でのCHDの出生後の経過は出生前カウンセリングに役立ちお母さんに積極的な支援を行うことでお母さんのストレスが減少したとの研究成果も得た。 最後に30年の長きにわたり「重症CHDを有する新生児が救急車に乗らずにすむ周産期医療」の実現にとりくみ実現に近づけたのは、ご協力いただいた南大阪地区産科医院の諸先生と超音波技師の皆様、共に努力していただいた大阪母子医療センターの皆様のご協力の賜物であります。皆様に深謝の意を表します。