日本歯周病学会60周年記念京都大会

講演情報

特別講演

特別講演I

2017年12月16日(土) 10:00 〜 10:50 A会場 (メインホール)

座長:山崎 和久(新潟大学大学院医歯学総合研究科 口腔保健学分野)

[SL1-1] 食と腸内細菌が維ぐ健康

小川 順 (京都大学大学院農学研究科 応用生命科学専攻 発酵生理及び醸造学分野)

研修コード:2203

略歴
1967年 滋賀県大津市生まれ
1985年 徳島市立高校 卒業
1990年 京都大学農学部農芸化学科 卒業
1992年 同大学大学院農学研究科修士課程 修了
1994~1995年 日本学術振興会特別研究員
1995年 同博士課程 修了,同大学農学研究科 助手
2006~2007年 フランス国立農業研究所 客員研究員
2008年 京都大学微生物科学寄附研究部門 特定教授
2009年 同大学農学研究科 教授(応用生命科学専攻発酵生理及び醸造学分野)
食事成分は,私たちの体内で様々な化合物へと変換され吸収される。この過程には私たち自身の代謝のみならず,腸内細菌による代謝が関わっている。腸内細菌の数は,ヒトの体細胞数60兆に対し100兆を超えるとされ,その種も100種を超えると言われている。最近では,その機能が「もう一つの臓器」としてとらえられている。本講演では,脂肪酸,核酸,ならびに,グルコシノレートの腸内細菌代謝研究を例に,食・腸内細菌・健康の相互関係について考える。
食事脂質由来の不飽和脂肪酸が,腸内細菌により飽和化されること,代謝中間体として水酸化脂肪酸,オキソ脂肪酸などの機能未知の代謝物が生成し宿主組織に移行していることを見いだした。これらの代謝物の生理機能を評価した結果,リノール酸に由来する水酸化脂肪酸(HYA)がマウス腸細胞ならびに骨髄系樹状細胞を用いた評価系において,炎症性サイトカインの産生を抑制することを見いだした。また,HYAが,リポ多糖が誘発する骨髄系樹状細胞の成熟化を抑制し,その際,抗酸化や解毒代謝を担う遺伝子群の転写を活性化することで細胞保護作用を示すことを見いだした。さらに,HYAが腸管上皮バリアの損傷を回復する機能を有すること見いだした。また,HYAをマウスに経口投与すると,血液中のGLP-1濃度及びインスリン濃度が向上することを確認した。一方,水酸化脂肪酸,オキソ脂肪酸が核内受容体PPARsやLXRの制御を介して脂肪酸代謝を制御することを見いだした。また,エノン型オキソ脂肪酸が,Nrf2の活性化を介して抗酸化酵素の発現を促進することで,細胞の酸化ストレス防御を亢進させることを見いだした。
日本人成人男性の約20%が高尿酸血症であると言われ,痛風や高血圧,糖尿病,高脂血症,動脈硬化の要因となっている。我々は,腸内細菌による食事由来プリン体の分解がプリン体の吸収を抑制し,血中尿酸値の低減につながると考えた。腸管に存在する主なプリン体であるプリンヌクレオシドを分解する乳酸菌を選抜し,食餌性高尿酸血症モデルラットを用いて評価した結果,これらの乳酸菌の摂取が,プリン体の過剰摂取による血中尿酸値の上昇を抑制する可能性を見いだした。
ブロッコリー等のアブラナ科植物にはS-glycoside結合型配糖体の一種であるグルコシノレートが含まれる。グルコシノレートはヒト体内において,腸内細菌によりイソチオシアネートに変換され発がん抑制などの様々な生理機能を示す。乳酸菌においてグルコシノレートの分解機構を解析した結果,PTS sugar transporter,aryl-phospho-β-D-glucosidaseにより構成される新規な分解酵素系を見いだした。この代謝系の有無がグルコシノレートの作用性の個人差に影響を与えていると考えられた。
以上の研究を通して,腸内細菌による食事成分代謝の把握ならびに代謝系や代謝産物の生理機能評価が,健康維持にとって重要であることがうかがえよう。