第119回日本精神神経学会学術総会

セッション情報

委員会シンポジウム

委員会シンポジウム8
着床前遺伝学的検査をめぐる倫理的課題-精神医学の観点から

2023年6月22日(木) 10:45 〜 12:45 N会場 (パシフィコ横浜ノース 4F G412+G413)

司会:中川 伸(山口大学医学部精神科神経科), 新村 秀人(大正大学心理社会学部)
メインコーディネーター:藤井 千代(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所地域精神保健・法制度研究部)

委員会:医療倫理委員会

重篤な遺伝性疾患を対象とした着床前遺伝学的検査(Preimplantation Genetic Testing for Monogenic: PGT-M)は、受精卵が疾患の発症原因となるゲノムバリアントをもつかどうかを調べることを目的としている。ゲノムバリアントがないと思われる受精卵を子宮内に戻すことにより、その遺伝性疾患のない子どもを得る可能性を高めることができる。出生前診断と比較して検査そのものによる胎児や母体に対する侵襲性が低く、妊娠前の検査であることから、中絶による母親の精神的・身体的負担が軽減できるとされている。一方で、PGT-Mが「命の選別」につながるという懸念や、対象となる遺伝性疾患をもつ方への差別・偏見等につながりかねないとの指摘もある。現在、PGT-Mなどの着床前遺伝学的検査に関する法的規制はなく、検査の適応の可否は、日本産科婦人科学会が主導する会議において審査されている。検査の対象は、PGT-Mを希望するカップルの少なくとも一方が、重篤な遺伝性疾患児が出生する可能性のあるゲノムバリアントを有する場合に限られる。着床前遺伝学的検査に関する見解・細則は、平成10年に発表された後、改定されつつ運用されてきたが、急速なゲノム解析技術の進歩や社会情勢の変化を踏まえて令和4年1月に重篤性の定義などが変更された。重篤性の定義は、それまで「成人に達する以前に日常生活を著しく損なう状態が出現したり、生命の生存が危ぶまれる状況になる状態」とされていたところを、「原則、成人に達する以前に日常生活を強く損なう症状が出現したり、生存が危ぶまれる状況になり、現時点でそれを回避するために有効な治療法がないか、あるいは高度かつ侵襲度の高い治療を行う必要がある状態」と変更された。新たな重篤性の定義では、「原則」から外れた成以前に存が危ぶまれる状況ではないが、常活を強く損なう症状が出現する疾患についても審査対象となりうる。精神科領域においては、例えば統合失調症のリスクとなる 22q11.2 欠失や自閉スペクトラム症のリスクとなるTSC1/2(結節性硬化症原因ゲノムバリアント)などがPGT-M の申請対象になりうるということである。精神科医療従事者の多くは日々の臨床で着床前遺伝学的検査について意識することはないものと思われるが、これは生命倫理に関する極めて重い課題であり、旧優生保護法に関連する課題でもあることから、本シンポジウムを通じてPGT-Mなどの着床前遺伝学的検査をめぐる倫理的課題についての理解を深めていただきたい。