JSPN119

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オンデマンド配信限定セッション

オンデマンド配信限定セッション5
木村敏の精神病理学を未来の精神医学の診療にどう繋げるか

司会:和田 信(地方独立行政法人大阪府立病院機構大阪国際がんセンター), 野間 俊一(のまこころクリニック)
メインコーディネーター:丹羽 和賀美(和みのクリニック)
サブコーディネーター:深尾 憲二朗(帝塚山学院大学)

2021年8月京都大学名誉教授木村敏先生が90年の生涯を閉じられた。木村敏(以後敬称略)は、1987年に日本精神病理学会の前身である精神病理懇話会を立ち上げた一人であり、長らく日本の精神病理学の第一人者であった。その名は世界中特にヨーロッパでは「KIMURAのAIDA」として知られており、「あいだ」、「間主観性」、「自己/他者論」、「ビオス/ゾーエー生命論」、「フェストゥム時間論」、「共通感覚」、「アクチュアリティー/リアリティー」、「中動態的自己」、「うつ病の笠原・木村分類」など多くの精神病理学的論考を世に出し続けてきた。しかしややもすると思索内容や言葉が難解過ぎるといって回避的になる精神科医や、哲学的で非科学的だとして批判的な精神科医が少なからずいる。
木村敏の精神病理学は、精神疾患の本質を、人間存在のあり方、人と人のあいだ、主体が世界や環境と交わるあり方などに見ようとした。症状と経過を中心とする精神医学の疾病分類体系を参照しつつも、それらの疾病分類で示されている統合失調症・躁うつ病などの精神疾患の諸症状の本質的意味を、医師―患者(自―他)関係(あいだ)から探く思索した。疾患分類は、結局何等かの生物学的所見、或いは治療への反応といった外部妥当性によって検証されることになるが、木村の精神病理学は、その精神病理学自体の内部における妥当性だけでなく、臨床的診断と治療という行為の導きとなることによってどのような結果がもたらされるかという外部妥当性によって検証されることになるだろう。
近年世界的にも精神医学は、脳神経科学や薬物療法及びTMSといった生物学的・科学主義的精神医学が主流になってきており、日常的にICDやDSMといった操作的診断基準を使い、HAM-DやEBM、CBTといった心の状態を数字で見える化して診断や治療に導入する場面が増え、公衆衛生学的発想が持つプレゼンスも木村敏の精神病理学が全盛期だった1980~90年代より格段に大きくなってきている。
が、しかしだからこそ今一度木村の人間学的精神医学~臨床場面において、医師として患者との「あいだ」(間主観性)を大切にしながら、精神医学的現象の一つ一つを丁寧に観察し、それをその語源から正確に理解確認しながら診断と治療へ向かうという医学(医師)本来のあるべき姿~に立ち戻ることが大切なのではないか、そして実は木村の精神病理学的思索を巡らす姿勢そのものが既に精神療法的なのではないか、と考える。医学は決して丸ごと科学ではない。生物学的科学的精神医学一極ではなく、対極に木村の臨床哲学的人間学的精神医学のような精神病理学を置き続けなければ、人間である医者が人間である患者の心を扱う医学として精神医学は存続発展しえないのではないか。木村の「あいだ」と生命論及び時間論から光を当てつつ科学との関係についての諸問題も取り上げながら、木村精神病理学を再検証し、現在及び未来の精神医学の発展にどう繋げるか討論を重ねたい。