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シンポジウム

シンポジウム26
一人からでも始められる物質使用障害の治療~その多様な実践から~

Thu. Jun 22, 2023 3:30 PM - 5:30 PM C会場 (パシフィコ横浜ノース 1F G6)

司会:松本 俊彦(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部), 成瀬 暢也(埼玉県立精神医療センター精神科)
メインコーディネーター:成瀬 暢也(埼玉県立精神医療センター精神科)
サブコーディネーター:松本 俊彦(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部)

わが国では、未だにアルコール使用障害のトリートメントギャップが解消されておらず、ICD-10でアルコール依存症と診断される人が107万人と推定される状況で、5万人程度しか治療につながっていない。つまり、進行して重症化した患者の一部が専門医療機関で治療を受けているに過ぎない。
このような状況で、物質使用障害(薬物関連精神疾患)については、さらに惨憺たる状況が続いている。その原因の一つとして、精神科医療全体の物質使用障害患者への陰性感情・忌避感情があげられる。背景には、患者に対する「犯罪者」「厄介な患者」「自己責任」「病気ではない」などのスティグマがある。さらには患者を診ることのインセンティブの乏しさ、大学医学部で患者に触れる機会が少なく、治療経験がないことも一因であろう。
一般に、精神科医は物質使用障害患者に抵抗感があり、「専門医療機関で診ればいい」との思いは強い。その専門医療機関は数えるほどしかない。物質使用障害は精神科で診る疾患であるのに、当たり前に治療を提供できておらず、病者の人権は傷つけられていると言わざるを得ない。そんななか、重装備の施設やマンパワー、治療基盤がなくても、一人から物質使用障害の治療を実践している医師たちがある。それも多様なスタイルで不毛の現場に治療の基盤を築いてきた。彼らに共通しているのは、力むことなく自然体で物質使用障害の患者を「当たり前に」診ていることである。どうしてこのようなことができるのであろうか。
本シンポジウムでは、「何もなかった状況」から物質使用障害患者の診療に取り組んでいる5名の演者の方々にその実践を報告してもらい、どうすれば「当たり前に」診療ができるのか、そのために何が必要なのか、そのコツはあるのか、などを明らかにしたい。具体的には、精神科クリニックで普通に診療にあたっている例(山下)、新たに治療を始めて定着させている精神科病院の例(栗田)、大学病院で治療介入を根付かせた例(常岡)、地元のダルクとの連携を基盤に治療システムを築いている例(小松崎)、地域を巻き込んで治療システムを立ちあげた例(佐久間)について報告していただく。意欲的に取り組む各演者は、例外なくこの分野のパイオニアであり、その経験は多くの示唆を与えてくれる。
わが国で問題となる薬物は、覚せい剤などの違法薬物中心から、処方薬・市販薬に移行している。つまり、未成年を含めた誰もが治療の対象となる。決して特殊な人たちの問題ではない。そして患者の多くに精神疾患の併存がみられ、自傷、自殺とも親和性が高い。
このような患者は、今後、精神科医療の中核をなしてくる可能性が高く、物質使用障害は精神科医が避けては通れない問題となりつつある。精神科医療の「鬼っ子」(松本)である物質使用障害のトリートメントギャップの解消が、これまで以上に求められる。本シンポジウムが「これならできるかも」と思ってもらえる端緒になることを期待している。