○齋藤 正範 (北里大学医学部精神科学)
セッション情報
シンポジウム
シンポジウム87
精神科診療におけるPrecisionについて
2023年6月24日(土) 08:30 〜 10:30 K会場 (パシフィコ横浜ノース 4F G402)
司会:齋藤 正範(北里大学医学部精神科学)
メインコーディネーター:齋藤 正範(北里大学医学部精神科学)
個々の患者の生来の遺伝形質、エピジェネティックな変異、種々のバイオマーカー、臨床症候、および環境を考慮に入れ、それらを統合してヘルスケアの個別最適化を提唱する学問分野が、precision medicineである。Precision medicineは個別化医療、精密医療、高精度医療などと和訳されている。
医学の歴史上、最も早くからprecisionという語を用いていたのが力動精神医学であり、筆者が知る限り1952年まで遡ることが出来る。その後の歴史は、1970年代頃から身体医学分野で種々のガイドラインが作られる様になり、1990年代にEBMに関する文献数が増加し、2000年代にprecisionに関する文献数が激増し、この頃から本邦でも精神医学・医療分野でEBMに関する論考が明らかに増加したが、本邦の精神医学界ではprecisionに関する論考はあまり増えないまま現在に至っている。この流れを見れば、身体医学分野ではEBMを補完する考え方としてprecisionが広まったと考えることが可能であり、かつ、本邦では、まさにこれからprecision psychiatryが一大テーマとなることが予想される。
統合失調症の診療の個別最適化は、多くの精神科医が連綿と取り組んできたことである。本邦でも、臨床症候と環境(対人関係、社会資源等)に加え、患者個人のライフスタイルも踏まえて治療を統合するoptimal treatment program(OTP)などの先駆的な試みが既に1990年代から実践されており、海外と同等以上の治療成績が報告されている。
双極性障害と抑うつ障害群の治療にも個別最適化は不可欠である。これら疾患の診療に当たっては、生育歴、パーソナリティ、経過を修飾する諸因子の把握と制御こそが、医師の腕の見せ所であり、薬物療法もそれらを考慮する必要がある。さらには、現状でできる範囲のリスクの把握に努めたうえでの治療薬の選択も重要である。
認知症の診療で個別最適化を最も妨げているのが、抗認知症薬の過剰使用である。「効果がなければ中止」の指示が守られず、漫然投与されている現状がある。行動心理症状(BPSD)への対応も一律抗精神病薬やバルプロ酸処方が多い。最低、不適切な介護対応と環境によるもの、器質性要因の強いものに分類して、対応を分ける必要がある。
神経科学的精神医学の診療への貢献も期待が高まっている。本講演では、①統合失調症における抗精神病薬によるドーパミンD2受容体占拠率と適切な治療域、②lesion network mappingによる精神神経症状と関わる脳内ネットワークの発見、③fMRIにより計測した帯状回と背側前頭前野の機能的結合性によるうつ病に対するrTMS療法の適正化、について触れたい。
○嶽北 佳輝 (関西医科大学精神神経科)
○鈴木 映二 (東北医科薬科大学医学部精神科学教室)
○上田 諭 (東京さつきホスピタル精神科)
○中島 振一郎 (慶應義塾大学医学部精神神経科)
○大野 裕 (大野研究所)