第52回日本理学療法学術大会

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日本基礎理学療法学会(JSPTF・JFPT) » 口述発表

[O-KS-08] 口述演題(基礎)08

2017年5月13日(土) 09:30 〜 10:30 A3会場 (幕張メッセ国際会議場 中会議室201)

座長:石田 和人(名古屋大学大学院医学系研究科リハビリテーション療法学専攻)

日本基礎理学療法学会(JSPTF・JFPT)

[O-KS-08-5] 脳損傷後に疼痛を誘発する神経構造系の大規模改変
視床痛サルモデルを対象にした脳構造画像解析

長坂 和明1,2, 高島 一郎1,2, 松田 圭司2, 肥後 範行2 (1.筑波大学大学院人間総合科学研究科, 2.産業技術総合研究所人間情報研究部門)

キーワード:Voxel Based Morphometry, 動物モデル, 慢性疼痛

【はじめに,目的】

視床後外側腹側核(VPL核:ventral posterolateral nucleus)は末梢からの感覚情報を大脳皮質感覚領域へと中継する主な核である。この領域が脳血管障害などで損傷を受けると,しばしば異痛症や自発痛を主訴とする難治性の脳卒中後疼痛(視床痛)が生じることが知られている。難治性疼痛患者を対象とした脳活動イメージング研究では,前頭葉内側部や体性感覚領域,島皮質といった生理学的痛みに関連する領域の活動異常を指摘している。しかしながら,このような活動異常の背景となる遺伝子,分子機構を含めた構造的基盤の詳細は不明である。本研究では,視床痛サルモデルを対象にMRIを用いた脳構造画像解析(VBM:voxel based morphometry)を行い,灰白質に生じる可塑的変化を検証した。さらに,VBMによって確認された変化の背景にある細胞レベルの構造的変化を,組織学的手法を用いて検討した。


【方法】

視床痛モデル作成のため,電気生理学的手法によってVPL核を特定し,当該領域にコラゲナーゼtype IVを微量投与して限局的な脳出血を誘発させた。異痛症の出現は機械刺激および温熱刺激に対する回避行動をそれぞれ計測することでモニターした。3T-MRI装置によって経時的に撮像された視床損傷サル(n=4)の脳画像と,健常個体(n=6)の脳画像を用いてVBM法を行った。撮像したT1-MRI画像より,灰白質と白質領域を区分化し,灰白質の構造変化を統計学的に解析した。灰白質の密度増加・膨張を示す信号が検出された領域を含む脳切片を用いて,SM1-32抗体を用いた神経細胞の免疫染色を行い,細胞構造の定量解析を行った。


【結果】

Nissl染色によって損傷領域の大部分はVPL核に限局していることが確認された。行動実験によって異痛症が確認された時期の脳画像と,健常個体における脳画像を比較すると,前頭葉内側部,島皮質にて灰白質の縮小を示す信号が検出された(P<0.001)。一方で,損傷側の一次体性感覚野の一部では灰白質膨大を示す信号が検出された(P<0.001)。2頭のサルモデルを対象に,この領域の神経細胞の構造解析を行ったところ,一次体性感覚野の2/3層の神経細胞樹状突起の長さと分岐数が,反対側と比較して増加している傾向が確認された。


【結論】

本研究の結果は,視床出血後比較的早期に,難治性疼痛に関与する広範な脳領域において,細胞構造の変化が生じていることを示唆する。このような変化が,疼痛を生み出す活動異常の構造的基盤となっていると考えられる。そのため,これらの変化を生じさせない介入手段を確立すれば,視床痛の根本的な治療につながる。本研究は人に近い脳の構造をもつサルをモデル動物として,脳画像および組織学的解析により多角的に脳の変化を同定した画期的な成果であり,介入手段の有効性を評価する上でも貢献できると考えられる。