[YB-1] アルツハイマー病の治療と予防戦略
アルツハイマー病患者数は高齢者人口の増大と相まって増加の一途を辿るも,未だ根本的な治療法は確立していない。製薬企業を中心に勢力的に進められている治療薬開発も失敗が相次いでいる。成功に至らない理由は不明であるが,アルツハイマー病に罹患した脳の中では,発症の20年ほど前にアミロイド蛋白の蓄積が始まり,治験を行われる発症後においては,すでに病理学的変化が相当程度進んでいることが推察される。従って,治療薬開発と治験においては発症早期あるいは発症前へと標的を移動しつつあり,加えて,発症前の病理学的変化を正確に捕捉しうるバイオマーカーの開発も世界的に盛んに進められている。特に近年,PETを活用したイメージングの技術開発に大きな進展があり,嘗ては,剖検後の病理学的検査によってのみ可能であったアミロイドの蓄積(老人斑の形成)やタウ蛋白の蓄積(神経原線維変化の形成)が可視化できる段階に至っている。また脳脊髄液や血液を対象とする生化学的指標の開発も盛んである。これらの研究開発が総体的に発展し,一日も早く本質的な治療薬が開発されることを期待したい。一方,薬物に頼らない発症予防(非薬物的予防介入)の研究開発も精力的に行われている。特に身体運動と食事による発症予防には大きな期待が寄せられている。これらの非薬物的予防介入の効果,またその作用機序については,今後,上述の様々なバイオマーカー等を指標として理解が進むものと期待される。アルツハイマー病の発症は独りアルツハイマー病変によってのみ決定されるとは考えにくく,血管障害や糖尿病等の様々な生活習慣病に基づく脳内代謝の重要性も大きいと考えられる。非薬物的予防介入には,これらの発症修飾因子の改善における役割も期待される。本講演においては,アルツハイマー病の治療と予防戦略を議論する上での基盤となる脳内変化について分かりやすく紹介したいと考える。