一般社団法人 日本医療情報学会

[2-A-3-DL] あるべき診療記録ができる電子カルテシステム再考—新たなる挑戦の必要性—

大江 和彦 (東京大学医学部附属病院)

国内では40%近い医療機関で電子カルテが使用されている。米国では病院で80%以上との報告もある。手書きのカルテに比べて読めるようになったという評価が笑い話のように話されるが、カルテが電子化されてようやく文字が読めるようになったというこの話の裏には、読めるようになっただけで医療情報としては役に立つレベルではない、という皮肉が込められているのではないかと最近思うことがある。
ある外来患者の電子カルテを開いて、その患者が何の病気で診療されているのかを把握できるか調査した研究が国内外に複数ある。たとえば高血圧で通院しているはずの患者の電子カルテのどこを読んでも、高血圧で治療中だということが書かれておらず、病名欄には高血圧以外にも糖尿病の疑い、上気道炎、狭心症の疑い、腰痛症、下肢静脈瘤、蕁麻疹などといくつも傷病名が登録されていて、いずれにも終了日がないので、どれが現在療養中の病名なのか判定できないというわけである。
 別の例として2型糖尿病(生活習慣病のタイプの糖尿病)で通院中の患者の電子カルテのどこにも「2型」の糖尿病だとは書かれておらず、病名欄には「糖尿病」としか登録されていない。2型糖尿病かどうかは医師が処方内容や経過を読んで推察するしかない。カルテ記載から2型糖尿病かどうかをディープラーニングなど最近のAI手法で判定してその精度を謳うような研究が国内外で行われているくらいで、カルテ情報から計算機で2型糖尿病を正しく判定できる確度は80%−90%程度である。このように医師が電子カルテをどんない真剣に読んでも患者が本当は何の病気なのか推察するしかない診療記録では、本当の意味で電子カルテだとはいえない。
 電子カルテシステムの重要な役割は、単にワードプロセッサ機能を提供することではなく、患者の診療情報を的確に構造的に時系列で記録でき、短時間で正確に病状が把握でき、検索や研究に利用できる機能と性能を提供できることではないか、と私は思う。もちろんいくら良い機能を提供しても、使用者がそれを適切に使って正確な情報を記録する努力をしてくれなければ意味はないだろう。
 今の電子カルテは本当の意味でITを活用したすぐれた電子診療情報記録システムからはほど遠い。なぜなら、患者が一体何の病名で治療を受けているかさえもすぐに読み取れないのだから。このことを本学会は再認識し、真の診療情報記録システムにどのような機能が必要かをもう一度考え直し、絶対カルテに記録されなければいけない必須情報の記録と参照機能を実現しなければならない。日常診療で医療者がその機能を使って本当の情報をスムーズに記録し利用できるようにするには何が必要なのかを我々全体で再考し、実現に必要な情報リソースの開発、情報構造の分析、新たな入力インタフェイスの開発、IoT時代のデータ収集の仕組み、AI技術の導入など広範な挑戦をしなければならない。「レセプトの病名ってゴミみたいな病名だらけで二次利用に使えないんですよね」「電子カルテの病名欄も似たようなものですよ」「紙カルテの時代も似たようなものでしたよ」「それよりは少しはマシかな」「あっはっはっ」と片付けるのでは情けないのである。
(JAHIS会誌 61号への寄稿文をベースに修正したものです)