Japan Association for Medical Informatics

[4-A-2-JS10-3] 精神科領域におけるAI活用の試み

岸本 泰士郎 (慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室)

精神疾患は罹患率が高く罹病期間も長いため、人々の生活の質 (QOL)を低下せしめるものとして最も重要な疾患群である。世界保健機関(WHO)などが行う世界疾病負担(Global burden of disease)調査によると、うつ病、不安症、統合失調症、躁うつ病、薬物依存などを含む精神疾患は、障害生存年数(years lived with disability, YLD)において他の医学領域を押さえ第一位、22.9%を占める。わが国における同様の統計はないが、精神疾患の患者数はうつ病、統合失調症、不安障害を中心に合計320万人と見積もられており、認知症(462万人;2012年)も含めると、もっとも重要な医学領域の一つである。
精神科領域が抱える大きな問題に精神疾患の症状の定量化が困難であるという点がある。血液や画像等のバイオマーカーを多く利用する他の診療領域に比べて、疾患の特徴や病勢を反映するバイオマーカーがないことは、治療開始基準があいまいになる、治療反応がわかりにくくなる、さらには新薬開発の治験が不成功に終わるなど、多くの問題につながっている。日本医療研究開発機構(AMED)の委託研究として慶應義塾大学医学部精神・神経科が中心となって取り組んでいるProject for objective measures using computational psychiatry technology: PROMPTはそのような問題の解決を目指して2016年11月に始まった。
PROMPTで目指している目標の一つが、精神運動抑制の定量化である。精神運動抑制はうつ病患者にしばしば認められる、思考が遅くなり、言葉数が少なくなる、声に力がなくなり、動作も緩慢となるような症状を指す。PROMPTではカメラやマイクで患者の様子をとらえ、重症度評価として一般に用いられるレーティングスケールで標識した教師あり学習を行うことで、リアルタイムに診察室に精神運動抑制指標を示し、診療支援を行えるようなデバイスの開発を目指している。発表ではPROMPTの開発コンセプト、研究を進める上での障壁、さらにこのような研究開発がもたらし得るELSI(倫理的法的社会的課題)などについて論じる。