日本教育心理学会第58回総会

講演情報

ポスター発表 PF(65-90)

ポスター発表 PF(65-90)

2016年10月9日(日) 16:00 〜 18:00 市民ギャラリー (1階市民ギャラリー)

[PF75] 児童のネガティブ情動の表出場面における教師の認知

他児童の集合状況の違いに着目して

芦田祐佳 (東京大学大学院)

キーワード:ネガティブ情動, 認知, 教師

問題と目的
 児童のネガティブ情動の経験は,児童が社会情緒的に発達する上で重要な契機である(c.f., 遠藤,2011)。ゆえに教師には,児童のネガティブ情動に対する適切な教育支援が求められる。しかし,教室で児童がネガティブ情動を表出するとき,教師は,教室の多様な要素を考慮しなければならない葛藤に苛まれる(芦田,2014)。とりわけ,支援の主なターゲットとなる児童の情動表出だけでなく,周りにいる他児童を意識しながら支援を行うことは,教師に高度な専門性を要求する(Park,2010)。
 しかし,これまでの研究では,ターゲット児童がネガティブ情動を表出する時,その周りにいる他児童を教師がどのように認知するのかについて十分に検討されていない。特に,ターゲット児童の周りに多数の他児童が集まっている状況と,そうでない状況とでは,ターゲット児童から同様の情動が表出されたとしても,教師の場面認知は異なると予想される。
 そこで本研究では,児童のネガティブ情動の表出場面において,教師が他児童の様子をどのように認知するのかについて,他児童の集合状況に着目して明らかにする。
方   法
調査対象 小学校教師32名(男性20名,女性12名,平均教職年数14.6年(SD=10.8,レンジ1~42年)
調査方法 課題場面のイラストを用いた自由記述式の質問紙調査を実施した。教師の行動を左右する要因が複数重なるジレンマ場面として,授業開始時刻の直前に,ターゲット児童が高活性のネガティブ情動を表出する状況を課題設定した。この課題について,ターゲット児童に多数の児童が集まっている状況(集合条件)と数名しか集まっていない状況(分散条件)の2場面を用意した。各場面に対し,1)対応の必要を感じる児童の様子2)対応の仕方とその意図の計2項目の回答を求めた。
分析方法 項目1・2の回答から,他児童の状態を表現する記述を抽出し,KJ法により分類した。
結   果
 分類の結果,ターゲット児童に他児童が集まる状況を1)自力解決状況2)混乱状況と捉える回答,ターゲット児童に集まる他児童を3)部外者4)援助者5)情報提供者6)着席ルールを破る者と認知する回答,そして自席で過ごす他児童を7)無関心8)冷静9)授業準備不足と捉える回答の3対象9カテゴリーに分けられた。このカテゴリーを用いて,回答者ごとに条件別ケース・マトリックス(岩壁,2010)を作成したところ,カテゴリーの組み合わせにより,4つの認知タイプが導出された(Table 1)。なお,集合条件・分散条件のどちらかにおいて他児童に関する記述がなかった4名の回答は,分析から除外した(N=28)。
 集合・分散条件における認知タイプごとの回答者数を集計し,条件間で比較したところ,集合条件では,分散条件に比べ「共感促進タイプ」「混乱収束タイプ」の認知を回答する教師の割合が多く,また両条件で「共感促進タイプ」の全回答者に占める割合が多かった。一方,「学習規律タイプ」と「客観事実タイプ」の認知を回答する教師の割合は,集合条件よりも分散条件で多かった。
考   察
 以上より,小学校教師は,他児童の集合状況にかかわらず,情動表出する児童に対して共感的に手を差し伸べられる他児童を肯定的に認知すると考えられる。ただし,他児童が多数集まっている場合には,その状況が少し混乱して見えることや,他児童がそれほど集まっていない場合には,児童の情動の問題よりも,授業など他の活動の実現に方向づけて場面を認知することが推察される。
 今後は,教師の認知がどのような個人差要因に規定されているか精緻に検討する必要がある。
付記:本研究は,公益財団法人博報児童教育振興会「第11回 児童教育実践についての研究助成」の支援を受けた。