日本教育心理学会第58回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

学問知と実践知の共創的な越境可能性を問う

学校インターンシップの科学

2016年10月8日(土) 13:00 〜 15:00 54会議室A (5階54会議室A)

企画:田島充士(東京外国語大学), 森下覚(大分大学)
司会:田島充士(東京外国語大学)
話題提供:田島充士(東京外国語大学), 森下覚(大分大学), 益川弘如(静岡大学大学院), 山口美和#(長野県短期大学)
指定討論:三島知剛(岡山大学)

13:00 〜 15:00

[JB03] 学問知と実践知の共創的な越境可能性を問う

学校インターンシップの科学

田島充士1, 森下覚2, 益川弘如3, 山口美和#4, 三島知剛5 (1.東京外国語大学, 2.大分大学, 3.静岡大学大学院, 4.長野県短期大学, 5.岡山大学)

キーワード:大学教育, 学校インターンシップ, 教員養成

企画主旨
 「大学で学んだ知識は,社会に出ると役に立たない」との言説は,今も昔も多くの人々にとって,強い説得力を持って受け止められているものの一つだろう。学生が大学で学ぶ知識(以下「学問知」と呼ぶ)は,実践現場で養成され活用される知識(以下「実践知」と呼ぶ)と乖離するものと捉える大学生や社会人は多い。よく「大学は社会で役に立たないことを学ぶことに価値がある」ともいわれるが,では,それがどのような価値なのかということを我々は,明確な根拠を持って答えることができるだろうか。
 本シンポジウムは,主に教職課程を履修する学生を対象に,在学期間中に長期間にわたり教育現場で教師見習いとしての研修を行う「学校インターンシップ」を分析フィールドとし,このような実践に資する学問知の価値について論じることを目的としている。学校インターンシップへの参加を通し,学生たちは大学で学ぶ学問知と現場で学ぶ実践知を相互参照する機会を提供される。その中で学問知が,学生たちが直面する実践的課題の解釈や解決においてどのような機能を果たすのかを,「共創的越境」と呼ぶキーワードを軸として,理論的・実践的な検証を行い,社会的実践に資する学問知教育のあり方について論じる。
 なお本シンポジウムにおける研究発表は,2016年3月に出版された『学校インターンシップの科学:大学の学びと現場の実践をつなぐ教育(ナカニシヤ出版)』における成果を基盤にしたものである。
実践現場において共創的越境を実現する大学教育の展開可能性
田島充士
 「越境」とは,直接的には異なる実践文脈を背景とし,異質な視点を持つ人々とのコミュニケーションを意味する術語である(Engeström, Engeström & Kärkkäinen, 1995, Wenger, 1998)。田島(2013, 2016)はこの種のコミュニケーションの特徴を,他者の異質な視点に積極的な関心を持たずに行われる「無相関的越境」,異質な視点を切り捨てて自分の視点を相手に押しつけようとする「包摂的越境」,相手の視点に関心を持ち自分の視点との相互参照を行いながら展開する「共創的越境」としてモデル化した。
 学校インターンシップは,大学で学ぶ学問知と学校現場において習得する実践知を相互参照する機会を参加学生に提供する教育プログラムといえる。この中で参加学生らに展開することが期待されるコミュニケーションは,無論,共創的越境である。しかも大学と学校現場に限らず,学生らが卒業後に参与する社会実践において出会う,様々な文脈属性を背景とする人々とも共創的なコミュニケーションを展開できる可能性を高めることが期待される。
 本発表では,この種の共創的越境を具体的な社会実践の現場において促進し得る大学教育の展開可能性について,展望的に論じる。
ショーン理論から見た臨床の知と共創的越境
山口美和
 Donald A. Schönは,専門家(professional)が実践において発揮する〈わざ〉と呼ばれる特殊な能力が,「行為の中の省察(reflection-in-action)」を通して状況合理的に蓄積された知に基づいていることを明らかにした(Schön, 1983)。本発表では,教育の専門家としての教師が,その成長過程において,実践における知を精緻化させていくプロセスとしての省察のあり方について,Schönの理論を手掛かりに考察する。
 学校インターンシップは,大学における学びとの往還による批判的な省察の場が確保されるならば,教師を目指す学生にとって貴重な省察的実践の場となり得る。一方,昨今見られる教員採用試験の受験を前提とした,自治体主導の「教師塾」タイプのインターンシップは,現場の論理を学生が徒弟修行的に模倣することによって,「過剰学習(over-learned)」を促進してしまう危険性も孕んでいる。本発表では,学生が陥りがちな「過剰学習」を回避するための方策としてSchönが掲げる「二重のヴィジョン」や「生成的メタファー」に着目し,開かれた省察を可能にする大学の知の役割について論じたい。
学問知と実践知が結びつく共創的な越境のデザイン
森下 覚
 異なる実践コミュニティには,異なる活動の動機(対象)が存在する。異なるコミュニティの間にはメンバーの意思にかかわらず境界が存在し,それぞれのコミュニティをかたち作るように機能しているため,コミュニティ間の越境は容易に達成されるものではない。さらに,田島(2013, 2016)がモデル化した共創的越境は,相手の視点の異質性を尊重し,自分の視点との相互参照を行いながら積極的に交流しようとする関係の構築が不可欠である。共創的越境を可能にするためには,ナイーブな環境ではなく,共創的に越境する価値のある動機をデザインすることが必要になる。
 一般に学校インターンシップは,大学・学生・教育委員会・学校(幼稚園,小学校,中学校,高校)といった組織やメンバーによって実施される。各組織やメンバーの間では,学校インターンシップに対して地域の子ども達の学習支援の場としての共通認識がなされている。その一方で,森下(2015)は,大学や学生は学校インターンシップを教員養成(教員としての発達)の場として,教育委員会や学校は主に現場の教員の支援および研修の場として認識していることを示した。こうした実態は,学校インターンシップに関わる組織やメンバーの活動の動機が異質であることを示していると考えられる。学校インターンシップにおける共創的越境は,各組織やメンバーの動機の異質さを相互に参照した上で,共創的に越境する価値のある動機を相互反映的に創り出すことで達成されることが期待される。
 本発表では,事例として大分大学教育学部の学校インターンシップ「まなびんぐサポート」を取り上げ,共創的越境を可能にする「養成と研修の一体化」という活動の動機を創り出した共創的越境のデザインについて論じる。
新たな学びの実現に応える教職大学院での共創的越境
益川弘如
 教員養成大学や教職大学院において,最新の「新たな学び」に関する理論や知見を最初に詰め込み,その後単純に学校インターンシップ経験を数多く積ませる「配列付加型」では,学生自身が自律的に実践知と学問知とを密接に結合していくことは困難で,インターンシップ先にも変容をもたらさない。結合は学校インターンシップ経験から片方向的に得た実践知の範囲であろう。重要なのは,これから21世紀型の新たな学びを担う教職志望の学生や現職派遣院生が,最新の「新たな学び」に関する学問知を学校インターンシップ先に持ち込み,現場の教員らや学校組織と建設的な相互作用を通して現場に変容をもたらしつつ実践知と学問知を意味ある形で結びつけていく「共創的越境型」によって,実践的指導力を身につけていくことである。
 本発表では,静岡大学教職大学院の事例を取り上げる。教職大学院内の教育方法開発領域では,県下の教員一人一人に知識習得型授業から知識構築型授業への革新を促し,児童生徒一人一人の深い理解を保証する授業を実践し,授業の質を向上し続ける教員コミュニティを構成するための「スケールアップの拠点」として位置付けている。なぜならば,現職派遣大学院生は,教職大学院修了後,学校地域の中核的存在になることが期待されているからである。教職大学院で得た知識構築型授業への転換を,同僚教員へ働き続けていくことが期待される。
 このような未来を実現するため,「人はいかに学ぶか」に関する最新の学習科学の研究知見を基盤に,大学院生と現場教員が学校インターンシップ先の授業を核として設計・実践・分析のサイクルに取り組むカリキュラムを実施することで,大学院生と実習先学校双方の変容の実現に取り組んでいる。このためには,人の知識構築過程に関する深い理解に加え,授業を適切な方法で観察し,観察結果を解釈して,問題点を修正する実践志向性を身に付ける必要がある。そのため授業実践後には,各院生の自由な文脈ではなく,人はいかに学ぶかの文脈に基づいた振り返りを実現するプログラムを設計している。
 この事例から,実践知と学問知を統合させるためには,「1. 最新の教育・学習理論に関する知見を大学で学ぶ」,「2. 学校インターンシップでその知見の視点から経験を積む」,「3. 経験した事柄を再び大学で知見に基づいて振り返る」という3つの活動をカリキュラムで有機的に支えることが,インターンシップ先に変容をもたらす「共創的越境型」には重要であることを示す。