日本教育心理学会第58回総会

講演情報

ポスター発表 PA(01-64)

ポスター発表 PA(01-64)

2016年10月8日(土) 10:00 〜 12:00 展示場 (1階展示場)

[PA08] 幼児期における文化伝達の発達

研究方法に関する予備的検討

木下孝司 (神戸大学)

キーワード:幼児, 文化伝達, 社会的学習

問   題
 ヒトは文化を創造,継承して,累進的な文化進化を遂げてきた(Tomasello, 1999)。ヒトの場合,文化伝達(cultural transmission)を可能にする固有の能力が備わっているとされている。発達心理学の観点からそうした能力の検討が行われ,ヒトの幼児は他者の意図を読み取り,他者の行為を模倣したり,相手の知識状態に応じて,知識や技能を教示できることなどが明らかにされている。ただ,これらの研究は個別的な実験的場面に基づいたもので,実際に幼児集団において文化(知識,技能,規範)がどのように伝達されていくのかについて明らかにされていない。
 本研究では,文化伝達を調べるために,2名の子どもに新奇な知識・技能(子どもが見たことのない紙飛行機の作り方)を教えて,クラスの成員間の観察学習や教示によって,その知識・技能が伝播していくプロセスを記録するという方法を試みる。この種の実験的方法で文化伝達を探る試みは,比較認知科学(Whiten & Mesoudi, 2008)や社会心理学(Caldwell & Milien, 2010)などの領域で着手されているが,幼児を対象にすることは,幼児「集団」の実験的統制が困難なこともあり,まだ研究の蓄積は少ない。本研究では保育場面で実施可能な課題を用いて文化伝達を調べる方法を試行的に実施して,その妥当性や課題を検討する。
方   法
1.対象児:兵庫県内保育園4歳児クラス17名(男児7名,女児10名)。
2.手続き:1)第1回紙飛行機大会。担任の指導のもと,折り紙を使った紙飛行機大会をホールで行い,飛距離を競い合った。このときは特に保育者から折り方を指示しなかったが,全員が標準的な紙飛行機(旧型)を作った。最後に,園長先生が完成した円筒の新型紙飛行機を持って登場し実演して,子どもたちの関心を引いた。この時,園長先生はすぐに退席するが,その際「今度また作り方を教えてあげるけど,職員室は狭くてみんな入れないので,2人だけに教えてあげるね」と告げた。2)秘伝場面。(1週間後)園長先生が男児1名,女児1名に別途,新型紙飛行機の作り方(図1。なお,ペットボトルを使う工程5は本来,不要であるが,モデルの模倣の忠実度を見るために導入した)を教示。3)第2回紙飛行機大会。モデル役2名も交えて,1回目と同様に紙飛行機大会を行い,一斉の飛距離競争を2回行った。4)第3回紙飛行機大会。2日後,2回目と同様。なお,以上の集団場面は3名の観察者によってそれぞれビデオ記録された。5)個別インタビュー。第3回大会の10日後,全対象児に対して個別に,a)新型紙飛行機の作り方,b)その教示ないしは情報伝達経路,c)一番よく飛ぶ紙飛行機の作り方を質問した。
結果と考察
1.新型紙飛行機の伝達状況:第2回大会の第1試行で新型を作った子どもは4名であったが,同第2試行で7名,第3回大会8名に広がっていた。
2.新型紙飛行の学習状況:個別インタビューにおいて,新型紙飛行機の作り方を尋ねたところ,途中の工程の欠落のありつつも15名中12名が新型を作成できた(p=.035)。ただし,工程5のペットボトルを使って紙を巻くところまで再現したのは5名のみで,うち2名はモデルとなった子どもであった。最初のモデルが成人なのか,同輩なのかによって,overimitation(Horner & Whiten, 2005)の生起が変わる可能性が示唆された。
3.学習経路:新型を「自分で考えた」と情報源の混乱をした者は2名のみで,それ以外は園長先生,2名のモデル児名をあげて正しく再生できた。

本研究は科研費・挑戦的萌芽研究(15K13131)の助成を受けたものである。