日本教育心理学会第58回総会

講演情報

ポスター発表 PD(01-64)

ポスター発表 PD(01-64)

2016年10月9日(日) 10:00 〜 12:00 展示場 (1階展示場)

[PD37] 店と顧客との集合的学習による新たな欲望の創発過程

セルフサービス・レストラン『ゲッコ』の変遷より

會津律治 (横浜国立大学大学院)

キーワード:学習, 集合的学習, 相互作用

目   的
 本稿は,経済における革新とは,生産側・消費側両者の相互作用による教授・学習がイノベーションをもたらすものと捉える。新しいモノの価値の生産とは,単に新しいモノを開発するだけではなく,新しい文化・欲望をつくることであり,それによって新たな需要が生まれる (會津, 2016) との考えに基づく。
 M, Callon (2004) は「環境によって私たちの行為・欲望は変化する」とした。一方で會津 (2016) は「私たちが周りの環境と影響し合い生み出した行為・欲望はやがて新たな環境・文化の一端を担う」としている。ここでは新しい文化を生む際に,「提案する者 (生産側)」と「選択する者 (消費側)」(會津, 2016) とされる両者の共同体が学び合う相互作用によって現れた歴史的に未知なる欲望が,周囲の環境と交渉し環境を作り替える過程を検証する。
 本調査では,筆者が経営する「セルフサービス・バーベキュー(以下,SS・BBQ)レストランの開発・運営を調査対象とした。記述・分析から,未知なる欲望は,その環境 (経営側,顧客側,店舗,場) が互いに影響し合う相互作用の中でどの様に生み出され,また環境をどの様に作り替えたかを「SS・BBQレストラン『ゲッコ』の変遷」より具体的事例を挙げ検証した。
方   法
 調査対象は,当該店舗の,社員 (店長・女・40代) 及び不特定多数の顧客である。調査方法は,対象者へのインタビュー・調査者であり経営者である筆者の記憶及び社内資料を元に記述・分析した。調査対象期間は,開店半年前 (2008年9月) より開店後6年半 (2015年12月) の計7年間に渡る変遷を記述・分析した。
結果と考察
 今回得られたデータより,顧客が周りの世界と影響し合い新たな欲望を生み出した場面の環境,顧客行動,店舗側行動,生み出された新環境に特に焦点化し分析した。
 (1) 開店当初の店舗内BGMは,店のiPodを接続したステレオからのBGMが流れていた。一方,顧客は,店のBGMに抗う様に店内や屋上の片隅において,個人の持ち込んだiPodを使用し,自分達のグループ内にのみ聞こえる程度の音量で音楽を聞きながら飲食していた。それを見た店長は「店のステレオに接続して,より大きな音量で他の顧客と共に楽しんでは ?」と提案した。以来その顧客は,来店するたびに店のステレオに自分のiPodを接続し,自分の好きな音楽の中で友人や他の顧客と共に食事を楽しむのであった。それを見た友人達はその行動を模写し,更に他の顧客が模写した。店はその顧客の行動を容認し,顧客は店内での個人の音楽の聴取可能性を学習し,友人・他の顧客へと学習が波及した。店側もその行動の容認が他の顧客の満足となることを学んだと考える。顧客に公衆レストランにおいて個人リソースBGMを聴取したいという欲望が表出し,ここに顧客リソース音楽をBGMとしたレストランが現れた。(2) 顧客集団が,店の階下の野原でファイヤーパフォーマンス (火をつけた松の枝を手に踊る) を行った。店舗側は,投げ銭を与え次回は店内で行うように伝えた。その後その一団は時々来店しては顧客から投げ銭を得,飲食をした。その後はBGMの例と同様に他の顧客に波及していった。顧客に公衆レストランにおいてパフォーマンスやフリーマーケットを行い,金銭を得て飲食したいという欲望が表出し,パフォーマンスを行い,投げ銭を得,その金銭で飲食をするレストランが現れた。以上のデータで示されたように,レストランの実践において,店と顧客との両者の共同体が学び合う相互作用によって創発された歴史的に未知なる欲望が,周囲の環境と交渉し環境を創り変えたと考える。