The 58th meeting of the Japanese association of educational psychology

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研究委員会企画シンポジウム1

学校教育における活用力の育成

知識の文脈依存性を超えるための心理的メカニズムと方法

Sat. Oct 8, 2016 3:30 PM - 6:00 PM 第1小ホール (4階第1小ホール)

企画:湯澤正通(広島大学), 植阪友理(東京大学), 吉田 甫(立命館大学)
司会:吉田 甫(立命館大学)
話題提供:植阪友理(東京大学), 白水 始(東京大学), 外山紀子(早稲田大学), 湯澤正通(広島大学)
指定討論:市川伸一(東京大学)

3:30 PM - 6:00 PM

[k-sym01] 学校教育における活用力の育成

知識の文脈依存性を超えるための心理的メカニズムと方法

湯澤正通1, 植阪友理2, 吉田甫3, 白水始4, 外山紀子5, 市川伸一6 (1.広島大学, 2.東京大学, 3.立命館大学, 4.東京大学, 5.早稲田大学, 6.東京大学)

Keywords:活用力, 学習, 文脈依存性

 近年,21世紀型スキルとして,現代社会に求められる教育の目標が,批判的思考,メタ認知,コミュニケーション,コラボレーション,ICTリテラシーなどの学習の文脈を超えた領域普遍的なスキルにまとめられている。また,日本においても「活用力」が学校教育の目標とされている。一方で,教育心理学の研究史においては,転移(活用)が難しいということは,ある種の「常識」である。1970~1980年代,ピアジェの領域普遍的な発達理論が批判され,認知心理学研究の発展とともに,学習における領域固有な知識の重要性が認識されるようになった。さらに,ヴィゴツキーの社会文化的理論の進展により,学習において,学習される知識やスキルが使用される具体的な文脈が重視されるようになっている。もちろん,領域普遍的スキルか,領域固有的知識かという2者択一的なことではなく,教育の目標は「適応的熟達者」を育てることであり,そのためには,領域固有的知識と領域普遍的スキルとの両者の相互作用を必要とする。しかし,基礎的な知識(領域固有的知識)から活用力(学習の文脈を超えて考える力)までいかに子どもたちの学力を伸ばすのかについて,学校現場では模索が続いており,単なるドリル学習を繰り返している学校も多い。そのような中,本シンポジウムでは,学校での基礎的な知識(領域固有的知識)の学習からいかに活用力を育てるのか,その心理的メカニズムや具体的な実践の方法についてそれぞれの立場から提起していただき,議論を深め,教育心理学での研究の発展を期待したい。
学習方略の自発的利用を促す教育
植阪友理
 「キー・コンピテンシー」や「21世紀型スキル」に代表されるように,世界的な動向として,学校では学問の基礎を学ばせるだけでなく,社会で学び続けるための資質・能力を身につけさせるという考え方が広まりつつある。このような資質・能力の一部として,学習方略は重要であろう。これまでの研究から,既有知識と関連づけながら深く理解する(認知的方略),自分が理解できたことや理解できていないことをはっきりとさせ,次に自分が取るべき行動を調整する(メタ認知的方略),他者や書籍といった頭の外の資源(リソース)を最大限に活用しながら理解を深める(外的リソース方略)などの学び方が提案されている。学習者自身がこうした学習方略を文脈に即して活用する力(学習力)は学力の重要な側面と捉えられる。
 その一方で,こうした力は学校現場で十分に指導されていない実態がある。筆者が長年かかわっている個別学習相談の実践でも,学習方略が十分に活用できていないために,学習につまずく児童・生徒が多く見受けられる。
 本発表では,学習方略の自発的利用や転移を促す3つの教育実践を紹介する。1つ目は,「認知カウンセリング」である。個別学習相談の中で,学習方略の自発的な利用や転移も目標として掲げる。また,最終的に学習方略が,指導場面を超えて家庭学習場面や他の教科の学習で活用されているのかについても検証する。2つ目は,「学習法講座」である。総合的な学習の時間などを利用して,学習のメカニズムや,そこから示唆される効果的な学び方を学んでもらう。心理学の実験のみならず,具体的に教科の学習における学び方も紹介し,実際に体験してもらう。3つ目は,「教えて考えさせる授業」である。「わからない部分を明確にして授業に臨む」,「教師から提供された原理的な説明を,学習者自身も能動的に表現することで理解を確かめる」,「学んだ知識を活用する問題を,協同で解決する」など,教科学習を通じて教科横断的な学習力の形成も目指している。発表ではこれら3つの実践について具体例を交えて紹介する。
21世紀型スキルにおける知識活用のとらえ方
白水 始
 知識の「活用力」とは何か。単に活用可能性の高い知識があるだけではないか。それとも「頭の中」にある知識とは別に,それを「活用する」心的能力が存在するのか。
 教育・学習研究史はBloom’s Taxonomyから始まり,Intelligent novice(Bruer, 1993)やセンスある初心者(波多野,2001)に至るまで,後者の領域普遍的スキルやメタ認知能力の存在を希求した歴史だった。すなわち,既有知識の薄い新規な領域でも,他の初心者より早く,効率よく学習することができる初心者がいるのではないかと。しかし,実態を調べてみると,学習者は物事の原理原則など抽象的・形式的な事柄については,学んだ知識をめったに転移(活用)しない。むしろ,学習者の日常経験をベースとした経験則が負の転移を引き起こすことは,状況論が明らかにした通りである。状況論は同時に,科学者が原理原則を活用しているように見えるのは,その活動が彼らにとって日常化しているからだとも示唆した。子どもたちも彼らの経験則は活用しすぎていると言ってもよいほど活用している。
 これをどう考えればよいのか。CoREF(2016)は,知識の抽象度(下からレベル1:具体的経験則,2:準抽象的モデル,3:抽象的原理原則)を縦軸,知識の使い方(左から「覚えている-使える-作り変えられる」)を横軸に取った「面」で考えることを提唱している。子どもはレベル1の知識を使うどころか作り変えさえする。しかし,それは知識の低層で起きる活用である。一方,抽象的知識は覚えているだけで活用できない。つまり,面の右上が欠落している。そう考えると,学校教育の役割は,覚えたレベル2,3の知識を使ってみたり,作り変えられるレベル1の知識を抽象化してみたりなど,学習者の状態を見ながら右上へと向けた知識構成を促すことだと言える。その学習経験の繰り返しから活用力が普遍化するかは,十全な教育を果たした上での問いだと考えた方がよい。
認知的分業に関する子どもの理解
外山紀子
 私たちの社会は認知的分業の上に成り立っている。社会が複雑になるほど分業は進み,専門化された知識が偏在するようになる。こうした社会で生きていくためには,知識の所在をみきわめ,「病気の治し方を知りたい時にはこの人(たち)に,料理法を知りたい時にはこの人(たち)に」というように,信頼できる情報源から情報を集めるスキルが必要となる。
 発達過程において,子どもは社会文化的文脈に支えられながら自ら知識を構成していく。社会的に与えられる情報には,言語化された明示的なものもあれば,生活手続きに埋め込まれた暗黙的なものもある。しかし子どもには特定の情報に対する敏感さが備わっているため,情報の多寡や質と知識獲得のスムーズさはイコールにはならない。近年の発達心理学では,子どもが知識獲得の過程により積極的・主体的にかかわっている点に注目が集まっている。子どもは比較的早い時期から周囲の他者を,情報源としての信頼性という点で評価し,信頼できる他者からもたらされる情報に重きを置きながら知識獲得を進めていくようなのである。たとえば,過去に正確な情報をもたらした人,自分と同じグループに属している人により高い信頼を置くことが知られている。
 本発表では生物領域の知識獲得(病気)をとりあげる。まず3・4歳児が,母親や園の先生・医者といった身近な他者を,病気の情報源として信頼できるかどうか的確に評価していること(ただし限界もある),また母親(病気の素人)と医者(専門家)からもたらされる情報の質的相違にも気づいていることを報告する。幼児でも病因についてある程度正確な理解を有するが,その理解は幼児期以降,さらに精緻化していく。それにともなって情報源に対する評価も細分化していくことを報告し,メタ認知的スキルと領域固有の知識のかかわりという点から,教育実践に対する示唆を論じたい。
ワーキングメモリ理論から見た知識の活用
湯澤正通
 学習の階層モデルによると(小貫,2014),学習は,参加,理解,習得,活用の4つのレベルからとらえることができる。そもそも,参加しなければ,学習はなりたたない。学習に参加するためには,「休み時間は終わったから,遊びを止めて,次の授業の準備をしよう」といったシフト,「今は授業中だから,昨日,見たマンガのことを考えることは止めよう」といった抑制の働きが重要である。参加して初めて,子どもの認知資源(ワーキングメモリ)が働き,課題の理解が可能となる。シフト,抑制,ワーキングメモリ(更新)は実行機能の働きであり,相互に関連している。理解できて初めて,習得できる。そして,活用が教育の最終的な目標である。
 文部科学省が実施している全国学力・学習状況調査は,基礎知識を問うA問題と,知識の活用力を問うB問題からなる。学力レベルの高いある小学校のデータによると,A問題の正答,B問題の正答,ワーキングメモリの成績の間には相互に中程度の相関があり,特に,国語において,B問題の正答は,A問題の正答を統制しても,ワーキングメモリによって説明された。また,B問題の正答の低群は,話し合いで自分の意見がうまく言えず,自分で考えながら文章を作ることが苦手であると考えていた。こうしたことから,活用力の育成には,基礎知識の理解や習得に依拠する部分があるものの,それに加えてワーキングメモリを用いて考えることが重要であると言える。
 ある中学校では,1年次に,個々の生徒のワーキングメモリのアセスメントを行い,それぞれの特性に応じた学習方法を考察させた。同時に,主に理科で,ワーキングメモリの負荷を減らし,ワーキングメモリの小さい生徒にとっては参加しやすい授業を実践した。同時,その授業では,ワーキングメモリの大きい生徒は,知識を活用し,考える機会を持った。その結果,入学時の4月に実施した学力検査で,国語科以外,全国平均を下回っていたのに対して,翌年の1月に実施した学力検査では,4教科で全国平均を上回り,特に,理科での学力の伸びが著しかった。