日本地球惑星科学連合2019年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-TT 計測技術・研究手法

[S-TT45] 合成開口レーダー

2019年5月27日(月) 13:45 〜 15:15 303 (3F)

コンビーナ:木下 陽平(筑波大学)、森下 遊(国土地理院)、小林 祥子(玉川大学)、阿部 隆博(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 地球観測研究センター)、座長:木下 陽平(RESTEC)、阿部 隆博(JAXA)

14:00 〜 14:15

[STT45-08] ALOS-2のSARによって捉えられた2016年の大雨による釧路湿原の2.5m を超える地表変位

*藤原 智1森下 遊1中埜 貴元1三浦 優司1撹上 泰亮1村松 弘規1宇根 寛1 (1.国土地理院)

キーワード:釧路湿原、湿原環境、地下水、洪水、地表変位、ALOS-2

1.はじめに

 国土地理院は,宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2014年5月に打ち上げた陸域観測技術衛星2号「だいち2号」(ALOS-2)のSARデータを用いて全国の地表変位を監視している。監視の対象は主に地震・火山活動・地すべり・地盤沈下に伴う地表変位である。しかし,地表変位の原因はこれらに限らない。観測された様々な地表変位の形態やメカニズムを解明することは,影響の評価や対策の検討において重要である。

 本講演では,2016年夏の大雨に伴い北海道東部の釧路湿原で発生した,最大2.5 mを超える地表変位がSARによって検出されたことを取り扱う。そして大きな変位の形態やこうした変位が発生する前に生じていた小さな変位の分布から,こうした大きな変位の発生メカニズムについて考察する。

2.釧路湿原と2016年の大雨

1) 釧路湿原
 釧路湿原は北海道東部の釧路川に沿って存在する我が国最大の湿原である(Fig 1)。湿原全体に蛇行する河川が存在し,ヨシやスゲが繁茂するほか,ハンノキが散在している。タンチョウ等の繁殖地としても知られており,水を中心とする独自の生態系を形成していることから,特に水に関する保全とモニタリングの必要性は高い。

 湿原では枯死した植物が堆積してできる泥炭が表層を覆っており,その泥炭表面と水面の位置関係から高層湿原(通常時に泥炭表面が水面より高い),低層湿原という分類がなされる。釧路湿原では低層湿原が大部分を占めており,高層湿原は釧路湿原西部の赤沼周辺などに限られている。

2) 2016年夏季の大雨
 2016年8月に発生した台風第7号,第11号,第9号は,それぞれ8月17日,21日,23日に北海道に上陸した。その後,台風第10号が8月30日に暴風域を伴ったまま岩手県に上陸し日本海に抜けた。これらにより,釧路川や幌呂川の水位観測所では,8月後半から急激な水位の上昇が観測された。

3.SARによって捉えられた地表変位

 SARを用いた人工衛星からのリモートセンシングにより,釧路湿原という広大な領域内での地表面の動きを把握することで明らかになったことは下記の通りである。

1) 水位変化に関連した低層湿原での地表変位
 釧路湿原内でも特に低層湿原で河川の水位との比高が小さい地域では,衛星SARで計測される地表の変位が非常に大きく複雑である。その地表変位には水平成分がほとんど含まれず,ほぼ上下成分のみである。また,周囲の河川の水位とも関連しており,湿原内の水位の変位を捉えているものと考えられる。湿原内の変位は,場所ごと,時期ごとに特徴をもった変位を示しており,湿原内の地表水の変化を捉える手段として有効である。干渉SARでは数10 cm程度までの変位を精度よく捉えるのに適しており,それ以上の変位が発生した場合はピクセルオフセット法を併用することで大きな変位の検出も可能である。

2) 赤沼南東変位
 釧路湿原西部の高層湿原に位置する赤沼の南東で,2016年夏季の大雨に伴って,長軸が1 km程度の楕円形の領域が南南東方向へ最大2.7 m水平に変位した(Fig 2)。変位には上下成分がほとんど含まれず,地表の非常に浅い場所が面的にすべることで永久的な変位として残った。

 この大きな水平変位が発生した場所及び赤沼とつながる領域で,水平変位発生前に10 cm程度の隆起が確認されている(Fig 3)。この隆起域は赤沼の地下から通じる地下水の動きに関連していると考えられ,

・あらかじめ地下の浅い場所に地下水が流入することで泥炭層がわずかに浮き上がる
・その後の大雨による冠水とその流れによって,数mの厚さをもつ泥炭層が広域にわたって浮島状に部分的に浮き上がって水平に移動

という2段階の過程を経たと推定される。

 こうした大きな水平変位及び赤沼からつながる隆起は両方とも赤沼からつながる隆起域(水平変位発生前)が高層湿原に特有の植生であるハンモック地域と一致することから(Fig 3),赤沼南東変位が偶然形成されたものではなく,赤沼からつながる地下水の存在によって浮き上がりやすい場所であることが示唆される。そして,その地下水によってハンモック地域が長年にわたって涵養されてきたなどの微地形や水文環境と関連している可能性がある。

 これらのように,湿原内で大きな水平変位が発生したという興味深い現象の発見にとどまらず,さらには湿原内の変位の分布が地下水や植生とおおいに関連する現象であることを示す結果が得られている。

参考文献
藤原他(2019):ALOS-2のSARによって捉えられた2016年の大雨による釧路湿原の2.5m を超える地表変位, 地学雑誌.