[JE04] 心理学を活かした教員養成(3)
日本教育大学協会教育心理部門企画
キーワード:教員養成
[企画趣旨]
教員養成に心理学が果たす役割の重要性は以前にもまして高まっている。日本教育大学協会教育心理部門では,教員養成において心理学の果たすべき役割について継続的に検討してきた。その議論を踏まえ一昨年度からは教育心理学会のシンポジウムで,心理学を活かした教員養成について議論を行ってきた。今年度も引き続き,各大学での実践的な取り組みの紹介を行い,心理学が教員養成にいかに貢献できるかについて検討を深める。
[話題提供]
教職志望意識研究と授業での活用
若松養亮
筆者は20年近く,本学部生の進路意識を定点観測的に調査してきた。研究テーマは進路未決定(意思決定の遅延)であるが,教員養成学部生の意思決定が遅延しているということは,教職に就くことへの逡巡を意味する。その知見を,既存のキャリア意思決定の心理学と併せて,2012年度より必修の「キャリアデザイン論」で講義(リレー講義;4~5回担当)している。筆者担当分の目標は,可能な限り,教職という選択肢を十分に吟味することの大切さを伝え,大学の4年間での過ごし方に反映させることである。
教職は,学生にとって身近であり,「創造性と倫理性」(佐藤, 1998)という特徴ゆえに,単なる身分の安定性以外の理由で,若者の興味を引きやすい選択肢である。しかし他方,学校を見る世間の目,閉鎖的という風評,忙しさを見聞きすることに加えて,教育実習で失敗を経験するなど,ネガティブな要素にも出会いやすい。これらのことから,教職を目指さないという方向を考え始める学生も少なくない。また,入学当初から教職を目指すつもりなく入学してくる学生もいるが,他の具体的な進路を想定しているわけでもない。
そういう場合,現代の若者に指摘される「インサイド・アウト」の特性(溝上,2004)と,進路意思決定がもつ「オープン・モデル」(Osipow, Walsh, & Toshi, 1980)という特質がそこに加わり,意思決定が遅延しやすい。すなわち,彼らは自分のもつ価値基準や興味を実社会の実情に合わせて修正することなく,自分が納得いく進路を求める。しかし進路の選択肢は無限であるうえに,求める「良い進路」の基準も漠然としている。したがって,「既知の選択肢にはなくても,どこかにきっと納得いく選択肢がある」と考えてしまう。“自分が働いている姿”がイメージできないと目指す動機づけが高まらない(若松, 2008)こともあり,相対的に身近でない,教職以外の進路の中からは決めたい選択肢がなかなか見つからない。
そこで授業では次のことなどを伝えている。すなわち,大学では教育学部を選んだという選択を,就職までに「育てる」ことが必要なこと,一旦決めた進路を見直すことはむしろ必要であること,しかし教職に行き詰まったからといって,ぱっと見の良さそうな選択肢についていかずに,選択肢を広め,また深めるための十分な探索行動を行うべきこと,ただ「正解」を探そうとしないこと,などである。これらのことと併せて,現代の社会・雇用・経済の情勢を伝え,「教職に比べて楽である,またはやりがいが感じられそう」という民間企業の厳しさや,公務員では法律や前例がないことの制約,成果が給与で評価されないことを伝え,できるだけ教職に匹敵する具体性で検討できる支援を行っている。
大学院での学校心理学の教育
藤岡秀樹
本学の教育学研究科の心理学分野は「教育・発達心理学コース」と「臨床心理学コース」から構成されており,「教育・発達心理学コース」所属教員は,教育心理学2名,発達心理学1名である(3名とも学校心理士と臨床発達心理士の資格保有)。
「教育・発達心理学コース」では,専修免許状「学校心理学」付記ができるようにカリキュラムが構成されている(10領域22単位。他に所有している免許に対応する教科教育法特論2単位の取得を推奨)。付記ができれば,学校心理士の受験資格を自動的に満たすことになる。また,臨床発達心理士の資格申請のために必要な科目の一部(18科目34単位)を,「教育・発達心理学コース」と障害児教育専修で担当している。
近畿地区5大学の教育学研究科では単位の互換制度があり他大学の院生の受け入れを行っている。
報告者が担当している学校心理学関連科目(「学校教育実践総論Ⅸ-学校心理学総論」「進路指導特論」「教育心理学特論Ⅱ」「教育心理査定実習」)の概要を紹介したい。
「学校心理学総論」(M1前期)では,報告者の講義だけでなく,府立J特別支援学校での参観実習を半日行っている。前半は,通学高等部(知的遅れが軽度の生徒が学んでいる)の授業参観を行い,支援学校での授業スタイルやキャリア教育を理解する。後半は,学校心理士の有資格者の指導教諭から,教育相談の事例,アセスメントなどの講義を受け,特別支援学校のセンター機能や学校心理士の教員の果たす役割について理解する。
また,実地指導講師として,学校心理士の中学校校長に講義を1回お願いしている。内容は,生徒指導・教育相談・進路指導・学力向上・特別活動などの具体的な取組についてである。
「進路指導特論」では,小・中・高校・特別支援学校のキャリア教育の現状を中心に紹介する。併せて,障害のある生徒の進学,センター試験の特別措置,専門学科の教育課程,定時制・通信制高校の教育なども紹介する。
「教育心理学特論Ⅱ」では,知能検査,学力検査,評価技法,指導要録,調査書,複式学級の指導法,協同学習,習熟度別指導,T.T.などを取り上げ,「教育心理査定実習」では,WISC-Ⅳ,KABC-Ⅱ,DAM,京大NX知能検査,バウムテスト,学力テストなどの実習を行っている。当日は,院生の修論テーマについても紹介したい。
教員養成の国際交流と教員のストレス
佐野秀樹
1)教員養成に関する海外交流
教育は,政治や社会の影響を常に受けている。経済界や,思想界,社会・文化状況などからの大きな影響は,マスコミなどで示されているとおりである。教員の養成に関しても,今の日本の教育を取り巻く潮流について知ることは重要であろう。教育は海外からの影響も大きく受けているので,欧米等の教育になにが起こっているのかを知ることは重要であろう。また,最近は,日本の教育が海外から注目を浴びていることもあり,海外から日本の教育についてもっと発信するように要望もあり,国際交流の重要性がある。他国の教育や教員の労働環境を知り比較する事で,日本の教育や教員養成のあらたな解決策が見いだせると考えられる。その一つの手段として,日米の教師教育関係者が毎年,教員教育に関する研究会を行ってきた。日米教師教育協議会を事例として提出する。
2)教員のストレス研究と海外の動向
教員養成の課題の一つは,教員のストレスに関するものである。新任の教員が一人前の教員として働くストレス,熟練した教師が健康や対人関係などで経験するストレスなど,日本の学校でのストレスは増加している。変化する子どもや社会の中で,多くの教員が教員としてのアイデンティティを持つ困難を抱え,苦しんでいる。日本の教員のストレスは,長時間の労働時間,教員の社会的役割,社会からの教員に対する厳しい目,生産性(教育力)の向上へのプレッシャーなどである。長時間労働では,教科の指導の他,生徒指導,部活,教育相談,様々な雑務など多くの責任を背負っている。熱心な教員ほどバーンアウトが起こりやすく,うつ病などでの休職が増加している。
こうした教員のストレスは,全世界に共通のものとして研究されている。例えば,アメリカのアーバン地区の貧困層の教育,イスラエルの戦争時における教員などの研究,教員の離職に関する研究,特別支援教育,移民(マイノリティ)の子どもへの研究などがある。そうした研究と日本の教員のストレスを比較する事は意義があると感じる。
変化する教員に関する国際,国内情勢を見つめながら,日本と他国の教員の現状,働きかた(労働環境等)と,ストレス対処について検討する。
教員養成に心理学が果たす役割の重要性は以前にもまして高まっている。日本教育大学協会教育心理部門では,教員養成において心理学の果たすべき役割について継続的に検討してきた。その議論を踏まえ一昨年度からは教育心理学会のシンポジウムで,心理学を活かした教員養成について議論を行ってきた。今年度も引き続き,各大学での実践的な取り組みの紹介を行い,心理学が教員養成にいかに貢献できるかについて検討を深める。
[話題提供]
教職志望意識研究と授業での活用
若松養亮
筆者は20年近く,本学部生の進路意識を定点観測的に調査してきた。研究テーマは進路未決定(意思決定の遅延)であるが,教員養成学部生の意思決定が遅延しているということは,教職に就くことへの逡巡を意味する。その知見を,既存のキャリア意思決定の心理学と併せて,2012年度より必修の「キャリアデザイン論」で講義(リレー講義;4~5回担当)している。筆者担当分の目標は,可能な限り,教職という選択肢を十分に吟味することの大切さを伝え,大学の4年間での過ごし方に反映させることである。
教職は,学生にとって身近であり,「創造性と倫理性」(佐藤, 1998)という特徴ゆえに,単なる身分の安定性以外の理由で,若者の興味を引きやすい選択肢である。しかし他方,学校を見る世間の目,閉鎖的という風評,忙しさを見聞きすることに加えて,教育実習で失敗を経験するなど,ネガティブな要素にも出会いやすい。これらのことから,教職を目指さないという方向を考え始める学生も少なくない。また,入学当初から教職を目指すつもりなく入学してくる学生もいるが,他の具体的な進路を想定しているわけでもない。
そういう場合,現代の若者に指摘される「インサイド・アウト」の特性(溝上,2004)と,進路意思決定がもつ「オープン・モデル」(Osipow, Walsh, & Toshi, 1980)という特質がそこに加わり,意思決定が遅延しやすい。すなわち,彼らは自分のもつ価値基準や興味を実社会の実情に合わせて修正することなく,自分が納得いく進路を求める。しかし進路の選択肢は無限であるうえに,求める「良い進路」の基準も漠然としている。したがって,「既知の選択肢にはなくても,どこかにきっと納得いく選択肢がある」と考えてしまう。“自分が働いている姿”がイメージできないと目指す動機づけが高まらない(若松, 2008)こともあり,相対的に身近でない,教職以外の進路の中からは決めたい選択肢がなかなか見つからない。
そこで授業では次のことなどを伝えている。すなわち,大学では教育学部を選んだという選択を,就職までに「育てる」ことが必要なこと,一旦決めた進路を見直すことはむしろ必要であること,しかし教職に行き詰まったからといって,ぱっと見の良さそうな選択肢についていかずに,選択肢を広め,また深めるための十分な探索行動を行うべきこと,ただ「正解」を探そうとしないこと,などである。これらのことと併せて,現代の社会・雇用・経済の情勢を伝え,「教職に比べて楽である,またはやりがいが感じられそう」という民間企業の厳しさや,公務員では法律や前例がないことの制約,成果が給与で評価されないことを伝え,できるだけ教職に匹敵する具体性で検討できる支援を行っている。
大学院での学校心理学の教育
藤岡秀樹
本学の教育学研究科の心理学分野は「教育・発達心理学コース」と「臨床心理学コース」から構成されており,「教育・発達心理学コース」所属教員は,教育心理学2名,発達心理学1名である(3名とも学校心理士と臨床発達心理士の資格保有)。
「教育・発達心理学コース」では,専修免許状「学校心理学」付記ができるようにカリキュラムが構成されている(10領域22単位。他に所有している免許に対応する教科教育法特論2単位の取得を推奨)。付記ができれば,学校心理士の受験資格を自動的に満たすことになる。また,臨床発達心理士の資格申請のために必要な科目の一部(18科目34単位)を,「教育・発達心理学コース」と障害児教育専修で担当している。
近畿地区5大学の教育学研究科では単位の互換制度があり他大学の院生の受け入れを行っている。
報告者が担当している学校心理学関連科目(「学校教育実践総論Ⅸ-学校心理学総論」「進路指導特論」「教育心理学特論Ⅱ」「教育心理査定実習」)の概要を紹介したい。
「学校心理学総論」(M1前期)では,報告者の講義だけでなく,府立J特別支援学校での参観実習を半日行っている。前半は,通学高等部(知的遅れが軽度の生徒が学んでいる)の授業参観を行い,支援学校での授業スタイルやキャリア教育を理解する。後半は,学校心理士の有資格者の指導教諭から,教育相談の事例,アセスメントなどの講義を受け,特別支援学校のセンター機能や学校心理士の教員の果たす役割について理解する。
また,実地指導講師として,学校心理士の中学校校長に講義を1回お願いしている。内容は,生徒指導・教育相談・進路指導・学力向上・特別活動などの具体的な取組についてである。
「進路指導特論」では,小・中・高校・特別支援学校のキャリア教育の現状を中心に紹介する。併せて,障害のある生徒の進学,センター試験の特別措置,専門学科の教育課程,定時制・通信制高校の教育なども紹介する。
「教育心理学特論Ⅱ」では,知能検査,学力検査,評価技法,指導要録,調査書,複式学級の指導法,協同学習,習熟度別指導,T.T.などを取り上げ,「教育心理査定実習」では,WISC-Ⅳ,KABC-Ⅱ,DAM,京大NX知能検査,バウムテスト,学力テストなどの実習を行っている。当日は,院生の修論テーマについても紹介したい。
教員養成の国際交流と教員のストレス
佐野秀樹
1)教員養成に関する海外交流
教育は,政治や社会の影響を常に受けている。経済界や,思想界,社会・文化状況などからの大きな影響は,マスコミなどで示されているとおりである。教員の養成に関しても,今の日本の教育を取り巻く潮流について知ることは重要であろう。教育は海外からの影響も大きく受けているので,欧米等の教育になにが起こっているのかを知ることは重要であろう。また,最近は,日本の教育が海外から注目を浴びていることもあり,海外から日本の教育についてもっと発信するように要望もあり,国際交流の重要性がある。他国の教育や教員の労働環境を知り比較する事で,日本の教育や教員養成のあらたな解決策が見いだせると考えられる。その一つの手段として,日米の教師教育関係者が毎年,教員教育に関する研究会を行ってきた。日米教師教育協議会を事例として提出する。
2)教員のストレス研究と海外の動向
教員養成の課題の一つは,教員のストレスに関するものである。新任の教員が一人前の教員として働くストレス,熟練した教師が健康や対人関係などで経験するストレスなど,日本の学校でのストレスは増加している。変化する子どもや社会の中で,多くの教員が教員としてのアイデンティティを持つ困難を抱え,苦しんでいる。日本の教員のストレスは,長時間の労働時間,教員の社会的役割,社会からの教員に対する厳しい目,生産性(教育力)の向上へのプレッシャーなどである。長時間労働では,教科の指導の他,生徒指導,部活,教育相談,様々な雑務など多くの責任を背負っている。熱心な教員ほどバーンアウトが起こりやすく,うつ病などでの休職が増加している。
こうした教員のストレスは,全世界に共通のものとして研究されている。例えば,アメリカのアーバン地区の貧困層の教育,イスラエルの戦争時における教員などの研究,教員の離職に関する研究,特別支援教育,移民(マイノリティ)の子どもへの研究などがある。そうした研究と日本の教員のストレスを比較する事は意義があると感じる。
変化する教員に関する国際,国内情勢を見つめながら,日本と他国の教員の現状,働きかた(労働環境等)と,ストレス対処について検討する。