日本教育心理学会第56回総会

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ポスター発表 PH

(5階ラウンジ)

2014年11月9日(日) 13:30 〜 15:30 5階ラウンジ (5階)

[PH029] 幼児が古美術と出会うとき

能動的鑑賞態度を支える場づくりに向けて

松本博雄1, 松井剛太1, 常田美穂2 (1.香川大学, 2.香川短期大学)

キーワード:幼児, 対話型鑑賞, ミュージアム

■問題・目的
 江戸期以前の「古美術」は、現代アートなどと比べて、幼児にとってなじみにくいものだと思われる。その理由の一つは、作品の性質上、美術館・博物館にあるそれと静かに向き合うという一般的になされている鑑賞スタイルが、能動的に対象に働きかけつつ体感し、思考していくという幼児期の行動様式と適合しにくいことが挙げられよう。
 美術鑑賞法・鑑賞教育一般においても、これに類する問題である、鑑賞者の能動的な鑑賞態度をいかに引き出すかということが繰り返し議論されている。認知心理学者ハウゼンによってひな形が作られ、アレナス(1998)をはじめ様々な方向に発展し実践されている「対話型鑑賞法」は、そのような問題を乗り越えるために提起された代表的な手法の一つとして、たとえば学校教育現場における鑑賞教育方法として積極的に用いられている。
 以上をふまえ、本研究では対話型鑑賞を念頭においた展示様式が、幼児の能動的鑑賞態度に及ぼした効果を検討する。

■方 法
対象とした展示は、香川県立ミュージアムにて開催された特別展『たのしむ日本美術―サントリー美術館コレクション』(2013年10月5日~11月17日開催)において、休館日を活用して未就学児とその保護者・引率者を対象に開催された関連行事『小さなこどもの観覧日』(10月21日開催)である。特別展の5つの章立て「もてなす」「祝う」「愛でる」「しつらう」「装う」それぞれに合わせ手製の双眼鏡“ジロジロめがね”を使い屏風の登場人物を探す、展示台に設けられた穴から器をのぞく、屏風の虎の迫力を顔真似で表現する、など、乳幼児の鑑賞に対する積極的な関心を促すプログラムが用意された。観覧者はガイドとともにそれぞれのペースで鑑賞ができ、鑑賞中の会話も自由であった。香川県立ミュージアムにおいて同種の企画が実施されたのは初めてのことであり、県立ミュージアム、大学研究室、地域子育て支援を主なミッションとするNPO法人、アートを通じたまちづくりを主なミッションとするNPO法人との協同で企画と準備、運営が行われた。
当日来館者子ども270名/大人80名のうち、本研究の対象としたのは、幼稚園・保育所等の団体として来館したのべ4園(4歳児5クラス、5歳児4クラス、子どものべ200名、保育者22名)である。当日の子どもの様子はガイドを兼ねた大学生によるメモとVTRによって記録されるとともに、本企画を経ての子どもの姿の変化、保育者のミュージアム観(期待度)や古美術観の変化を捉えることを目的として、事前―事後形式のアンケートを実施し、本研究における分析資料とした。
事前アンケートは申込時に配付し当日回収、事後アンケートは当日終了時に依頼し、1~2週間後をめどに回収し、クラスごと、かつ事前―事後で同一の保育者に記述と評定を依頼した。事前アンケートは4園5クラス(55.6%)から、事後アンケートは4園7クラス(77.8%)から回収された。

■結果・考察
事前に予想された当日の子どもの反応と、事後アンケートで収集された実際の子どもの反応とに差がみられるかを検討するため、事前―事後における当該項目の回答が全て揃っている4クラス(事前109名/事後107名)を対象に、「熱心に興味を示す」「やや興味を示す」「あまり興味を示さない」「ほとんど興味を示さない」に4~1点を割り当て、平均値の差についてt検定を行った結果、事前―事後間に有意差が確認された(t(214)=6.38 p<.001)。その後の子どもの様子に関する自由記述回答の結果も「しばらくはミュージアムごっこやジロジロめがねでいろいろな物を見たり、かんざしを作って毎日つけたりして遊んでいました」など、事後の幼児の変化を裏付けるものであった。
従来、学童期を対象とする対話型鑑賞の実践、幼児を対象とするワークショップ形式の実践は多く見られたが、本研究の結果は「幼児×古美術」という対象であっても、鑑賞そのものを軸にした展示方法の工夫が、能動的鑑賞態度という点で一定の成果をおさめうることを示唆している。いっぽう本研究では保育者を通じ事前事後の反応を評価したが、鑑賞中の子どもの反応と、その後の子どもの行動への波及効果を測定する方法の確立が今後の課題としてあげられよう。
※本研究は香川県立ミュージアム/NPO法人アーキペラゴ(高松市)の協力のもと実施された。