13:30 〜 15:30
[j-sym05] 実践から学び,実践に還す
教育実践と歩む教授・学習研究の展望
キーワード:教育実践, 学び, 研究
【企画趣旨】
『教育心理学研究』に〔実践研究〕論文が初めて掲載されてから15年が経過した。この間,多くの実践研究が掲載されてきたが,その論文の対象や方法は様々であり,教育心理学者と実践との関わりも多様な広がりを見せている。また,それ以前から現在に至るまで,教育心理学と実践との関係性については繰り返し論じられてきた。実践といかに関わりながら研究を進めるかは,時代の変遷と共に絶えず問われ続けてきた課題であると言える。
現在,全国の大学における教員養成課程や教職大学院を中心に,学校現場の課題に即した実践的な内容を充実させる教育課程の改革が進行している。このような流れの中,教授・学習分野に関して言えば,学習者中心の授業デザインのあり方や,そこでの子どもの学習過程や教師の教授行為の分析,さらには生涯に渡る教師の専門性発達の支援などの点において,教育実践と関わりながら研究を進めていくことがますます重要になっていると言える。とりわけ,教育心理学の研究知見を学校現場に適応するだけでなく,学校や教師,子どもが抱える課題に即して研究を展開すること,さらにはそうした課題を,複雑で不確かな学校現場で生起する事象に学びながら,学校現場との協働の中で見出し研究へと発展させ,その知見を現場へと還していくといった,実践とともに歩みつつ研究を展開させていくことが求められている。
そこで,本シンポジウムでは,具体的な教科内容の学習や非言語的なものも含めた子どものふるまいや関わり,さらには教師の学習について,様々な実践との関わりの中で研究している話題提供者と,教授・学習分野における実践研究をリードしてきた指定討論者に問題提起をいただきながら,これからの実践にかかわる教授・学習研究の展望や課題など議論を深める予定である。
協同での学びを通じた生徒の学習内容の理解
橘 春菜(名古屋大学大学院)
授業において,生徒が学習内容の理解を深める過程で,ともに学ぶ他者がもたらす影響は大きいと考えられる。近年の研究では,授業場面において,生徒が協同で教科内容の知識と日常的な知識を関連づけるプロセスを通じて,個々の生徒の知識統合が促進されることなどが示されている(小田切,2013)。
教育実践と関わりながら生徒の学習過程を研究する上で,生徒の学習へ向かう視点と,教師の学習環境を組織する視点との相互的な関わりを客観的に捉えて示すことは重要と考えられる。生徒の視点として,授業場面に加え,少人数での学習場面における生徒の理解深化の過程を関連づけて検討することも考えられる。生徒によっては場面により反応や発揮される特徴が異なる可能性もある。複合的な観点から生徒の視点を捉えることは,教師の学習環境の組織における成果や課題を検討する上で有用な指標の一つとなると考えられる。
本発表では,継続的な授業観察を通じて教育実践に関わり,並行してペアでの協同解決研究を展開した事例を報告する。日々の授業では,サイエンス・リテラシー育成の一環として,生徒同士で考え,表現する機会が重視されていた。その過程では,さまざまな特徴の協同過程が観察されたが,特に,既有知識を多様に活用可能な課題について,生徒が協同で取り組む授業場面では,各々の意見が生徒たち自身で関連づけられ,学習内容に関する概念的な理解が構築されていく協同過程が生じる場面もみられた。こうした協同過程はどのように生じるか,協同での学びをいかに個々の生徒の理解に結びつける支援が可能か,検討課題が見出された。
これらを踏まえ,教師や生徒との対話から教育実践における成果や課題を学び,生徒が学習内容の何をどのように深めることを目指すかを相互に探究する研究をいかに展開しうるか,議論を深めたい。
学校での実践研究を機軸にした協働探究アプローチの可能性
岸野麻衣(福井大学大学院)
福井大学教職大学院では,院生が学校で授業改革や校内研究を進めていく過程に大学教員がチームで立ちあい,授業研究や協議会を協働で進め,対話や記録を通して省察し再構成していく実践研究がカリキュラムの核になっている。それは研究者である私にとっては,教師の専門性発達を協働で支えると同時に,参観した授業での相互作用や教師の語り・記述を目の当たりにすることになる。そこでは,授業の良さはどこにあったのだろうか,教師はどうしてこのように変容したのだろうか,など研究者としての問いが生まれ,理論化に結びつけていく機会になり,学校での実践研究を機軸に協働で探究しているといえる。
従来の研究手法に則れば,事前の「データ」があり,「介入」があり,それによる効果を事後の「データ」で明らかにするのが主かもしれない。あるいはフィールドにいながら緻密にビデオやノートに出来事を記録して,その「データ」を分析する手法もありうる。
これらの手法から見ると,問いが最初から存在せず,実践に関わる中であるいは関わった後で生まれ,しかも学校に行くこと自体は節目だけであるという状況では,得られる事前・事後の「データ」が十全でなかったり,教師との対話や関与は大学院の様々な機会で多様な人が行うので「介入」も必ずしも明瞭でなかったりするように見えるかもしれない。
しかし,実際の学校や教師は複雑で,断片化した「データ」や明瞭化された「介入」では表現しきれないともいえる。こうした中では,参観した授業の記録や教師自身が省察して書き記した記録を手がかりに,そこで何がどう生起していたのか,むしろ事例のプロセスを丁寧に跡づけていくことが有効ではないだろうか。当日は,小学校において教師の学習観の転換と授業の改革が進む中で,教室や学校のコミュニティの質が連動して変容していった事例をもとに,こうしたアプローチによる研究の可能性と課題について検討したい。
行動ビッグデータ収集解析システムの授業研究への応用と社会実装化
伊藤 崇(北海道大学)
報告者は,教師が日々の授業を振り返るためのツールを提供したいと考えている。現在,コミュニケーションを可視化する行動ビッグデータ収集解析システムを授業分析に応用する研究を進めている。このシステムにより,教師や児童生徒たちのコミュニケーションを可視化・解析することが可能となる。これを用いることで,教師が日々の授業の結果を振り返ることを補助するツールとして機能するのではないかという仮説をもち,その開発に取り組んでいる最中である。
授業中のコミュニケーションを振り返るためにはその詳細な記録が必要であり,現在は筆記記録やビデオ映像が一般的に用いられている。一方,近年ではセンシング技術や収集された行動データの解析技術の進展にともない,実世界での人間の行動やコミュニケーションを比較的簡便に分析するデータロガーが開発されている。これらの機器は観察者の肉眼やビデオ映像では見ることのできなかった授業の新しい側面を発見する可能性を持つ。
報告者は(株)日立製作所と連携し,同社の開発した行動データ収集解析システム「ビジネス顕微鏡」を授業中のコミュニケーション分析に応用することが可能かどうかを検討するための調査を公立小学校からの協力を得ながら実施してきた。同システムは名札型のセンシングデバイスとデータ解析ソフトウェアから構成される。名札型センサによって収集された周囲の音圧や身体の加速度,赤外線通信データなどのビッグデータを基にして,集団内のコミュニケーション・ネットワークを可視化することが可能となる。
教育分野における同システムの可能性は,その簡便さと迅速な解析にあると報告者は考えている。例えば,1日の授業を終えた後,教師と児童に装着していたセンサからのデータを放課後に分析し,その日のうちに結果を閲覧することができる。この特徴を活用することで,教師が自身の授業を振り返り,次の日の授業を改善するというサイクルに同システムを埋め込むことが可能ではないかと考えている。
『教育心理学研究』に〔実践研究〕論文が初めて掲載されてから15年が経過した。この間,多くの実践研究が掲載されてきたが,その論文の対象や方法は様々であり,教育心理学者と実践との関わりも多様な広がりを見せている。また,それ以前から現在に至るまで,教育心理学と実践との関係性については繰り返し論じられてきた。実践といかに関わりながら研究を進めるかは,時代の変遷と共に絶えず問われ続けてきた課題であると言える。
現在,全国の大学における教員養成課程や教職大学院を中心に,学校現場の課題に即した実践的な内容を充実させる教育課程の改革が進行している。このような流れの中,教授・学習分野に関して言えば,学習者中心の授業デザインのあり方や,そこでの子どもの学習過程や教師の教授行為の分析,さらには生涯に渡る教師の専門性発達の支援などの点において,教育実践と関わりながら研究を進めていくことがますます重要になっていると言える。とりわけ,教育心理学の研究知見を学校現場に適応するだけでなく,学校や教師,子どもが抱える課題に即して研究を展開すること,さらにはそうした課題を,複雑で不確かな学校現場で生起する事象に学びながら,学校現場との協働の中で見出し研究へと発展させ,その知見を現場へと還していくといった,実践とともに歩みつつ研究を展開させていくことが求められている。
そこで,本シンポジウムでは,具体的な教科内容の学習や非言語的なものも含めた子どものふるまいや関わり,さらには教師の学習について,様々な実践との関わりの中で研究している話題提供者と,教授・学習分野における実践研究をリードしてきた指定討論者に問題提起をいただきながら,これからの実践にかかわる教授・学習研究の展望や課題など議論を深める予定である。
協同での学びを通じた生徒の学習内容の理解
橘 春菜(名古屋大学大学院)
授業において,生徒が学習内容の理解を深める過程で,ともに学ぶ他者がもたらす影響は大きいと考えられる。近年の研究では,授業場面において,生徒が協同で教科内容の知識と日常的な知識を関連づけるプロセスを通じて,個々の生徒の知識統合が促進されることなどが示されている(小田切,2013)。
教育実践と関わりながら生徒の学習過程を研究する上で,生徒の学習へ向かう視点と,教師の学習環境を組織する視点との相互的な関わりを客観的に捉えて示すことは重要と考えられる。生徒の視点として,授業場面に加え,少人数での学習場面における生徒の理解深化の過程を関連づけて検討することも考えられる。生徒によっては場面により反応や発揮される特徴が異なる可能性もある。複合的な観点から生徒の視点を捉えることは,教師の学習環境の組織における成果や課題を検討する上で有用な指標の一つとなると考えられる。
本発表では,継続的な授業観察を通じて教育実践に関わり,並行してペアでの協同解決研究を展開した事例を報告する。日々の授業では,サイエンス・リテラシー育成の一環として,生徒同士で考え,表現する機会が重視されていた。その過程では,さまざまな特徴の協同過程が観察されたが,特に,既有知識を多様に活用可能な課題について,生徒が協同で取り組む授業場面では,各々の意見が生徒たち自身で関連づけられ,学習内容に関する概念的な理解が構築されていく協同過程が生じる場面もみられた。こうした協同過程はどのように生じるか,協同での学びをいかに個々の生徒の理解に結びつける支援が可能か,検討課題が見出された。
これらを踏まえ,教師や生徒との対話から教育実践における成果や課題を学び,生徒が学習内容の何をどのように深めることを目指すかを相互に探究する研究をいかに展開しうるか,議論を深めたい。
学校での実践研究を機軸にした協働探究アプローチの可能性
岸野麻衣(福井大学大学院)
福井大学教職大学院では,院生が学校で授業改革や校内研究を進めていく過程に大学教員がチームで立ちあい,授業研究や協議会を協働で進め,対話や記録を通して省察し再構成していく実践研究がカリキュラムの核になっている。それは研究者である私にとっては,教師の専門性発達を協働で支えると同時に,参観した授業での相互作用や教師の語り・記述を目の当たりにすることになる。そこでは,授業の良さはどこにあったのだろうか,教師はどうしてこのように変容したのだろうか,など研究者としての問いが生まれ,理論化に結びつけていく機会になり,学校での実践研究を機軸に協働で探究しているといえる。
従来の研究手法に則れば,事前の「データ」があり,「介入」があり,それによる効果を事後の「データ」で明らかにするのが主かもしれない。あるいはフィールドにいながら緻密にビデオやノートに出来事を記録して,その「データ」を分析する手法もありうる。
これらの手法から見ると,問いが最初から存在せず,実践に関わる中であるいは関わった後で生まれ,しかも学校に行くこと自体は節目だけであるという状況では,得られる事前・事後の「データ」が十全でなかったり,教師との対話や関与は大学院の様々な機会で多様な人が行うので「介入」も必ずしも明瞭でなかったりするように見えるかもしれない。
しかし,実際の学校や教師は複雑で,断片化した「データ」や明瞭化された「介入」では表現しきれないともいえる。こうした中では,参観した授業の記録や教師自身が省察して書き記した記録を手がかりに,そこで何がどう生起していたのか,むしろ事例のプロセスを丁寧に跡づけていくことが有効ではないだろうか。当日は,小学校において教師の学習観の転換と授業の改革が進む中で,教室や学校のコミュニティの質が連動して変容していった事例をもとに,こうしたアプローチによる研究の可能性と課題について検討したい。
行動ビッグデータ収集解析システムの授業研究への応用と社会実装化
伊藤 崇(北海道大学)
報告者は,教師が日々の授業を振り返るためのツールを提供したいと考えている。現在,コミュニケーションを可視化する行動ビッグデータ収集解析システムを授業分析に応用する研究を進めている。このシステムにより,教師や児童生徒たちのコミュニケーションを可視化・解析することが可能となる。これを用いることで,教師が日々の授業の結果を振り返ることを補助するツールとして機能するのではないかという仮説をもち,その開発に取り組んでいる最中である。
授業中のコミュニケーションを振り返るためにはその詳細な記録が必要であり,現在は筆記記録やビデオ映像が一般的に用いられている。一方,近年ではセンシング技術や収集された行動データの解析技術の進展にともない,実世界での人間の行動やコミュニケーションを比較的簡便に分析するデータロガーが開発されている。これらの機器は観察者の肉眼やビデオ映像では見ることのできなかった授業の新しい側面を発見する可能性を持つ。
報告者は(株)日立製作所と連携し,同社の開発した行動データ収集解析システム「ビジネス顕微鏡」を授業中のコミュニケーション分析に応用することが可能かどうかを検討するための調査を公立小学校からの協力を得ながら実施してきた。同システムは名札型のセンシングデバイスとデータ解析ソフトウェアから構成される。名札型センサによって収集された周囲の音圧や身体の加速度,赤外線通信データなどのビッグデータを基にして,集団内のコミュニケーション・ネットワークを可視化することが可能となる。
教育分野における同システムの可能性は,その簡便さと迅速な解析にあると報告者は考えている。例えば,1日の授業を終えた後,教師と児童に装着していたセンサからのデータを放課後に分析し,その日のうちに結果を閲覧することができる。この特徴を活用することで,教師が自身の授業を振り返り,次の日の授業を改善するというサイクルに同システムを埋め込むことが可能ではないかと考えている。