日本教育心理学会第58回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

PBISの学校への導入と展開

小学校・中学校の実践から

2016年10月8日(土) 15:30 〜 17:30 54会議室A (5階54会議室A)

企画:松山康成(広島大学大学院)
話題提供:松山康成(広島大学大学院), 枝廣和憲(岡山大学), 松本一郎#(前総社市立総社西中学校), 三宅理抄子#(総社市立総社東中学校), 瓜生美香#(総社市立総社西中学校)
指定討論:庭山和貴(関西学院大学・日本学術振興会)

15:30 〜 17:30

[JC03] PBISの学校への導入と展開

小学校・中学校の実践から

松山康成1, 枝廣和憲2, 松本一郎#3, 三宅理抄子#4, 瓜生美香#5, 庭山和貴6 (1.広島大学大学院, 2.岡山大学, 3.前総社市立総社西中学校, 4.総社市立総社東中学校, 5.総社市立総社西中学校, 6.関西学院大学・日本学術振興会)

キーワード:PBIS, 生徒指導, 多層支援

企画の趣旨
 近年,小学校における規範意識の低下や問題行動の増加,またいじめや自殺といった問題も見られ,学校を中心として子どもの心の問題を支援する必要性がある。このような問題に対して文部科学省(2010)は,集団指導と個別指導のそれぞれを発展させていくために,児童生徒への指導・支援において,「成長を促す指導(第1次的支援)」,「予防的な指導(第2次的支援)」,「課題解決的な指導(第3次的支援)」と分けて考え,それぞれの充実を図っていく必要性を示している。
 このような考え方はアメリカでも取り入れられており,子どもへの指導・支援を全体的な基盤支援としてのTire1,子どものリスクに対してのTire2,継続的な問題に対してのTire3,という3層に分けて,学校環境においてシステムとして行う,Positive Behavioral Interventions and Supports (学校環境におけるポジティブな行動介入と行動支援: 以下,PBIS) が,各州共通基礎スタンダード(Common Core State Standards: CCSS)の一つとして取り組まれている。
 本シンポジウムでは,このPBISを日本にて導入した小学校,中学校の事例を学校の先生方に紹介いただき,わが国におけるPBISの導入の課題や方法の検討を議論していきたい。
話題提供
アメリカでのPBISの取り組みと日本への導入
枝廣和憲(岡山大学)
 アメリカにおいて,PBSは,多くの学校に取り入られている。もともとは,Individual Positive Behavioral Supports(以下,IPBS)と呼ばれる,個別の,発達障がい児者の行動問題の解決に焦点を当てたものから始まっている (平澤・小笠原,2010)。そこから,学校環境全体に対する行動問題の予防的な組織的なアプローチであるPBISに拡がり,アメリカの多くの学校で取り入れられている(Horner, Sugai, Todd & Lewis Palmer,2005)。
 日本においては,PBSあるいは,IPBSの臨床実践は,報告されている(例えば,平澤・小笠原・広野・田熊・高橋,2010,平澤・小笠原・原田・福元・野口,2011)が,学校全体,または学級においてPBISに着目した臨床実践報告は少ない。
 そこで,日本において,PBISを導入するにあたり,アメリカのPBISの実践例を紹介するとともに,日本における教育現場への導入における日本でのPBIS実践との相違点等について,考察したい。
小学校におけるPBISの導入と展開
松山康成(広島大学大学院)
 PBISは学校全体で取り組むことが重要であることが指摘されている(Sugai, 2013)。それは学校環境において、子どもを取り巻く環境をポジティブに変容させていくことで,効果が見込まれるものであり,その環境の一因には教員も含まれるからである(Carr et al., 2002)。しかし,わが国において学校全体で取り組みを導入することは容易ではない。その理由としてPBISの理論的背景である行動分析学の考え方が,学校現場ではまだ新しい知見のため,共有することが難しいことが指摘されている(福森,2011)。次に学校教員の個業性(佐古, 2006)が考えられる。特に小学校では学級担任がそれぞれの学級で独自の開発的な取り組みをしている場合があり,また教員はそのそれぞれを尊重し合っていることもあり,指導や支援の共通化が難しい。
 それらの課題を踏まえ,学校へPBISを導入するにあたって,まず一つのクラスにおいて試行的にPBISを実践した。そしてその実践を基に,校内研修や会議を行い,学校全体でPBISに取り組んだ。本発表では学級での取り組みと学校全体で共有を図る過程について発表する。
中学校におけるPBISの導入と展開
三宅理抄子(総社市立総社東中学校)
 昨今の教育現場では発達に課題のある生徒,愛着形成が十分ではない生徒が増加している。私たち教員は日々の学校生活においてそのような生徒とどのように信頼関係を築き,どのように真の教育活動を進めるかという課題を抱えている。また,保護者の価値観の多様化やゆとりが少ない家庭環境により,教員との連携がスムースに図れない場合も多い。
 総社西中学校では「先手必勝の生徒指導」をキーワードとして,問題行動の未然防止を目指して平成26年度から,まず当時の第2学年よりPBISの取り組みを始めた。
 当時の状況は,落ち着いた学校生活が送れない,規律が守れない,友達や教職員と温かい人間関係が築けないというものであった。そこで,年度前半は発達障がいについての研修を継続して行いながら生徒を観察する資質を養い,ゲーム性を持たせつつ行動規律の浸透・確立を目指した。
 年度後半には問題が起きた後に対処するのではなく,普段から生徒・保護者とよりよい関係をつくるためのアイテム「Good Behaviorチケット」を導入した。これは米国で広く行われているPBISのシステムをもとにして総社西中学校版にアレンジしたものであり,生徒のよい行動を「可視化」し,保護者に届けるものである。反響はチケット発行開始から2か月後には形となって表れ,3か月後には教員側の意識も大きく変化を遂げた。
 このことは学級崩壊や他者との愛着形成で傷ついた生徒に対しては,ただ単に現状に対する注意や指導だけでは人間関係は構築できず,温かい言葉かけや褒めることも並行して行わなくては「指導」ができる段階までたどりつけないことを裏付けるものであった。
 「行動規範」の提示においては総社西中学校の教育目標である「人・もの・時間を大切に」を軸に,校内の各場所における規律を簡潔に示した。これは総社市で行われている品格教育と関連を持たせており,そこが総社西中独自の特色である。さらに,世界中どこでも必要とされるマナーを身に付けてほしいという願いが込められている。
 そして,わずか一年少しの実践であったものの,ここかしこに起生する生徒の具体的な変容によって教員集団も指導場面で大きな手ごたえを感じ,学級経営,教科指導,生徒指導に自信を持てるようになった。
 総社西中学校型の取組はPBISの実践を広めるきっかけとなり,日本におけるPBIS発展のモデルプランとなるのではないだろうか。
学級担任としてのGood Behaviorチケットの活用とその効果
瓜生美香(総社市立総社西中学校)
 総社西中学校では,Good Behaviorチケットの活用を平成26年度3学期から第2学年で試行し,平成27年度から全校で始めた。これはチケットを渡すことで「よい行いを賞賛し,保護者に伝える」というものである。
 私自身,始めた頃は渡す基準がわからなかったり,同じような行動をしていても生徒によって渡す基準が違っていたりして戸惑っていたが,夏休みの職員研修(講師:枝廣和憲先生)で「感謝や喜びを感じたときや当たり前のことでもよいから渡せばよい。」と聞き,気持ちが楽になった。その日から,手伝ってくれた時や気持ちのよい行いを見た時には必ずチケットを渡すようにしている。しかしながら,その場で渡すことは難しく,後で渡しているのが現状である。
 この取組を始めて一年以上立った今,私自身が以前と比べて生徒のよいところを見つけようという姿勢に変わった。それが,私自身の自己肯定感につながっているように思う。私の場合,チケットを直接本人に渡すようにしているため,そのときの生徒の笑顔を直接見ることができるし,よいところを賞賛するため,生徒との絆が深まったように感じる。
 生徒も自分にできることを見つけたり,困っている友達や先生を手伝ったりするようになった。中には,どういう行動がよいのかわからない生徒もいたが,チケットをもらっている生徒を見て同じような行いをしようとする姿も見られるなど,変容が見られるようになった。また,生徒間でもよい行いを見つけて教えてくれるようになり,教員が見ていなくてもよい行いをする生徒が増えてきたように思う。
 さらに,このチケットをうれしそうに見せてくれるという保護者からの声もある。そのことで,保護者からの信頼を得られるようになったと思う。この取組が先手必勝の生徒指導であると信じて,今後も取り組んでいきたいと思う。
管理職から見たPBISの導入と期待
松本一郎(前総社市立総社西中学校)
 総社西中学校でPBISを導入するにあたっては,大きく三つの側面があった。
 第一は,平成25年4月に入学した学年の生徒への指導に苦慮していたことである。教員への不信感が,生徒も保護者も高い学年であった。入学後,1年半を経過し,学年団教員の粘り強い努力によって徐々に信頼関係を高めてきていたが,もうひと押しがほしいところであった。PBISのアイデアを得たとき,その効果を直感し,学校一括交付金からチケット印刷の費用を捻出し,印刷会社への発注を指示した。
 また,本事業を継続的に実施するための資金として,平成27年度は20万円,平成28年度は30万円の予算が付いた。これを得るにあたっては,管理職が教育委員へのプレゼンテーションを行った。28年度は,その効果を認められ,教育委員会で高く評価され増額がなされた。
 第二は,新しい取組を導入しようとすると,教員の間には「また,仕事を増やすのか。」というマイナスの雰囲気が生まれやすい。担当の三宅教諭も,そのことに腐心していた。そこで総社市が全市で取り組んでいた教育施策の一つである「だれもが行きたくなる学校づくり」が,学校に定着し効果をあげていたことから,その一部に位置付けることで教員の共通理解を図った。(詳しくは,総社市教育委員会のホームページ掲載の「だれもが行きたくなる学校づくり入門」(平成27年10月)を参照のこと。)
 第三は,管理職として風通しの良い職場づくりと教員育成の視点である。この取組を始めて,生徒のプラス面を取り上げた会話が増え,職員室が一層明るくなった。管理職も,生徒をはじめ教員にチケットを書いた。教職員の自尊感情を高める効果も感じている。精神疾患による休職や不祥事の未然防止のためにも大きな可能性をもつと思う。