日本教育心理学会第58回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

「セルフ・エスティーム」研究の抜本的再考

どう測り,どう伸ばすのか?

2016年10月9日(日) 10:00 〜 12:00 61会議室B (6階61会議室B)

企画:山崎勝之(鳴門教育大学)
司会:山崎勝之(鳴門教育大学)
話題提供:内山有美(四国大学), 横嶋敬行(兵庫教育大学), 村上祐介(プール学院大学)
指定討論:内田香奈子(鳴門教育大学), 安藤美華代(岡山大学)

10:00 〜 12:00

[JD06] 「セルフ・エスティーム」研究の抜本的再考

どう測り,どう伸ばすのか?

山崎勝之1, 内山有美2, 横嶋敬行3, 村上祐介4, 内田香奈子5, 安藤美華代6 (1.鳴門教育大学, 2.四国大学, 3.兵庫教育大学, 4.プール学院大学, 5.鳴門教育大学, 6.岡山大学)

キーワード:セルフ・エスティーム, 測定方法, 学校予防教育

本シンポジウム企画の背景と目的
 セルフ・エスティーム(Self-Esteem: SE)ほど学校教員の興味をとらえる心的特性はない。そのため学校現場では,SEを測定し,伸ばそうとする試みの頻度が極めて高い。
 しかし,この心的特性ほど曖昧なものもない。まず,SEとは何かが不明である。研究や教育の出発点である概念が曖昧であるから,当然その測定法や育成法もおぼつかない。それにもかかわらず,今もなお研究が続行され,育成教育が止まない。
 この動向は正に砂地に家を築くようなもので,見ようによっては,意味のない研究や教育が山積している状況とも言えないだろうか。
 このような現況の中,近年のエクスプリシット(explicit)対インプリシット(implicit)特性ならびに意識対無意識(前意識)の,旧来の精神分析学とは一線を画する実証科学下の研究は,自ずとSE研究に再考を促す。また,近年新生の予防教育の活況もその育成教育に軌道修正を迫る。
 そこで本シンポジウムでは,この新しい研究の潮流のもと,SE研究を抜本的に見直し,真に子どもの健康と適応に寄与する研究に方向転回する契機としたい。
SEにかかわる問題の具体的提起
1.その概念は何なのか?
 SEとは何なのか。その概念の拡散性は高く,曖昧模糊としている。概念定義は研究の出発点であるが,ここが明確に規定されないことから,その後の研究展開には混乱が起こる。
 たとえば,概念定義では拠り所とされやすいRosenberg (1965) による‘good enough’の意味するところは思いのほか不明であり概念の曖昧性を高め,SEの多因子構造の見解は概念の拡散に通じる。これは構成概念を扱う心理学の宿命的な問題になるが,SEではことさらその問題性が際立っている。
2.従来の測定法の限界と役割は何?
 概念が不明であることから測定方法の確立はおぼつかないが,たとえ概念が明確に規定されたとしても,その概念通りの測定を可能にする方法の開発は通常困難を極める。有力な定義の共通性からすれば,SEは他者比較を前提としない,意識されない安定した感覚になる。そうなると,自分で自分について意識的に回答する質問紙(現行では最も多用されている)は役立たないことになり,既存の研究結果への疑義とともに測定方法の抜本的な改訂が望まれる。
 従来の自記式質問紙の適用に疑義を唱えたものの,これからもこの手法は使用されるであろうし,効用が皆無ということもないだろう。そうなると,自記式質問紙でSEのどのような側面が測定され,そこにはどのような測定上の限界があるのかを明らかにした上で適用する道を探る必要がある。
3.意識下領域へのアプローチは可能か?
 意識上で展開される自記式質問紙に大きな限界があるとすると,意識の介入を前提としない測定方法の開発に切り込むことになる。近年の,人の営みの9割ほどは無意識によるとの指摘からも(Bargh & Chartland, 1999),営みの根幹になるであろうSEもその領域に踏み込んだ測定が必要になる。投影法などにその測定の試みがあるが,適用方法にしても評価方法にしても主観性が前面に出すぎている。
 そこで,一気に無意識(unconsciousness)とは行かないまでも,前意識(preconciousness)での測定を可能にする方法が望まれ,実際にインプリシットSEとしてその測定方法が開発され,今後の活用が期待されている。
4.その育成を本気で実現するには?
 学校教育においては,SEの育成や改善が重要事になっている。概念と測定方法の問題が曖昧なだけに,その効果的な育成は実現が困難であるが,実際上はなぜか育成への試みが多い。また,その育成方法はエビデンスがないプログラムが多く,貴重な学校の時間を無駄に費やしている感は否めない。その中でも最近,エビデンスを随所に有し,斬新な方法で育成や改善を目指す学校での教育が誕生している。その教育の中に真のSE教育の在り方を見たい。
 こうして,上記の問題提起にかかわり,何らかの回答をいただける新進気鋭の3名の話題提供者に登壇いただく。
話題提供
1.「自記式質問紙の限界と役割」
内山有美(四国大学)
 Rosenberg (1965) によりSEの概念と尺度が世間の注目を集めてから,現在でも複数の自記式質問紙が開発され,使用され続けている。しかし,既存の質問紙には多くの問題が指摘されている。
 例えば,Rosenbergの質問紙には複数の翻訳版が存在し,項目表現や選択肢数によって測定結果が異なる点があげられる。他にも,多くの研究で単因子構造が確認されているが,項目が自尊方向か逆方向かにより2因子構造が生じるとの報告もある。こうした問題を抱えながらも,10項目と限られた項目数であり,他の概念と関連しやすいことから,長きにわたり多くの研究で用いられてきた。つまり,同一の概念定義に従ったとしても,研究者間で同じSEを測定しているとは言い難い。
 そこで,従来の自記式SE質問紙が抱える問題を整理し,測定方法における限界について明らかにする必要がある。さらに,研究の出発点である概念定義に立ち返り,自己呈示方略の影響を受けない安定した感覚としてのSEを測定することには意義があると考える。こうしたインプリシットSEを測定することにより,エクスプリシットSEとの比較から異なる意識水準でのSEを捉えることも可能になるだろう。
 本発表では,これまで用いられてきた自記式質問紙によるSE研究を紹介する。また,Rosenbergの‘good enough’を含むSE概念の観点からの問題点についても触れたい。これらを通して,エクスプリシットSEの測定上の限界を知るとともに,新たな測定方法の開発の重要性や今後の展望についても考えてみたい。
2.「SEの意識下での測定」
横嶋敬行(兵庫教育大学)
 近年,注目を集めている意識下の測定法に,潜在連合テスト(Implicit Association Test; Greenwald & Banaji, 1995; 以下,IAT)がある。IATを用いた測定は,社会的望ましさなどの防衛性の影響を受けにくく,比較的安定性が高い。自尊感情の測定においては,質問紙のような意識的な報告や回答から得られるものを顕在的自尊感情(Explicit Self-Esteem; 以下,ESE)と呼ぶのに対して,IATのような無自覚な回答から得られるものは潜在的自尊感情(Implicit Self-Esteem; 以下ISE)と呼ばれている。ISEとESEは人によって不一致の度合いが異なり,この不一致は人の健康・適応と密接に関連している。
 自尊感情は,学校教育においても重要視される心的特性である。これまで,「自尊感情を育む」というコンセプトの下で多くの教育実践が展開されてきた。こうした背景を見ると,健康・適応に対して最適な自尊感情の育成教育を行うためには,ISEの測定を用いた研究の必要性を強く感じる。しかし,IATは一人に一台のPCを必要とし,学校教育のシーンで用いるのは難しく,児童・生徒を対象とした研究も非常に少ない。そこで,児童を対象にISEの研究を展開するべく,児童用紙筆版SE-IATの開発を行った。紙筆版SE-IATはPC版と同様の理論と再現性を持ち,集団に対する実施が容易に行えるというメリットを持つ。また,測定時間も比較的短いことから,教育プログラムの効果評価測定などに適している。本発表では,開発を進めている児童用紙筆版SE-IATの精度および妥当性の検討について提示していきたい。
3.「SE育成への学校予防教育」
村上祐介(プール学院大学)
 トップ・セルフは,児童生徒の様々な問題を未然に防ぎ,心身の健康を維持・増進することを目的に開発された予防教育プログラム群である。その要諦は,①意思決定や行動の動因として情動・感情の機能を重視し,それを促進する授業をデザイン(主として正感情を喚起した状態を維持し,健康や適応をもたらす望ましい心的特性を学習させる)すること,また,②科学的研究の知見に基づいた(evidence-based)階層的で詳細な教育目標を設定すること,である(鳴門教育大学予防教育科学センター, 2013)。
 このプログラムの一つに,SEと隣接する概念である「自己信頼心(自信)の育成」があり,下位概念として「Ⅰ: 自己と他者の価値の承認」,「Ⅱ: 自己の心理的欲求の認識」,「Ⅲ: 自己の心理的欲求に従う行動」,「Ⅳ: 心理的欲求に基づく行動の前向きな評価」という中位目標が設定されている。プログラムは,基本的には各学年8回で構成され,上記Ⅰ~Ⅳの中位目標をさらに具現化した操作目標(例えば,「自己の長所を探すことができる」等)が,各回の授業の「めあて」となる。
 小学生を対象とした近年の介入研究の結果,教育実施によって,中位目標に関する自己評定得点の向上,Q-Uの学習意欲やインプリシット感情の維持,また,授業全体に対する高い享受度や理解度が得られることが明らかになっている。
 以上のようなトップ・セルフの実践は,SE教育における概念規定やエビデンス,意識下領域へのアプローチといった幾つかの問題提起に対して,具体的な解決策を提示し得るものである。
指定討論から全体討議へ
 3名の話題提供の後,指定討論者として内田氏と安藤氏をお迎えしている。お二人は,SEに関連した心的特性を育成する教育を独自に開発され,広く実践されている。
 両氏のエビデンスを重視した研究・教育活動においては,SEの問題を深く考察され,その考察に照らしてSE関連の育成方法を構築されて来た。このシンポジウムのテーマを掘り下げていただく適任の指定討論者と言え,後の全体討議の深まりへの道筋をつけていただく予定である。