日本教育心理学会第58回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

インターネットと学校との関係

ICT活用・情報モラル教育の乖離と融合

2016年10月10日(月) 13:00 〜 15:00 61会議室B (6階61会議室B)

企画:三島浩路(中部大学)
司会:三島浩路(中部大学)
話題提供:二階堂孝一#(笠岡市立神島外中学校), 黒川雅幸(愛知教育大学), 本庄勝(株式会社KDDI研究所)
指定討論:吉田恵子(山梨県立中央高等学校)

13:00 〜 15:00

[JH06] インターネットと学校との関係

ICT活用・情報モラル教育の乖離と融合

三島浩路1, 二階堂孝一#2, 黒川雅幸3, 本庄勝4, 吉田恵子5 (1.中部大学, 2.笠岡市立神島外中学校, 3.愛知教育大学, 4.株式会社KDDI研究所, 5.山梨県立中央高等学校)

キーワード:インターネット, ICT教育, 情報モラル教育

企画の主旨
 タブレットをはじめとした通信機器を活用し,新しい学習スタイルによる教育が各地の学校で試みられている。ICT機器を活用した教育は,電子教科書の導入など,今後,ますます前進することが予想される。一方,ネットいじめなど児童・生徒のネット利用に関連した様々な問題も起きており,情報モラル教育の充実が求められている。
 インターネットと学校との間にみられるこうした関係には,インターネット利用を積極的に促進しようとする方向性と,抑制的に考えようとする方向性とが感じられ,インターネットに対する二つの方向性には乖離があるように思われる。
 本シンポジウムでは,ICT活用・ネットいじめなどの視点から話題提供を行い,インターネット利用に関するこうした乖離の背景等を,より包括的な視点から議論する。さらに,児童・生徒の創造的な活動を促進し,教育効果が期待できるICTを活用した教育活動と,情報モラル教育との融合に向けた実践の可能性についても議論を深めたい。
話題提供
中学校におけるICT活用
(二階堂孝一)
はじめに
 本校は,岡山県笠岡市の南西部に位置する一学年の生徒数が10名に満たない極小規模の中学校である。それが故にICT活用の推進校として寄せ集め的であるが,教室に一台のプロジェクタ,液晶テレビ,タブレットPC,実物投影機のほか,他校に先駆けて昨年度から電子黒板と生徒持ちのタブレット端末が配備されている。特にタブレット端末については市内の学校への導入に向けて,その活用方法やICT機器の環境整備についての実験校的な役割を果たしている。
ICT活用の様子
 本校では,教科の授業においては,前時の板書の写真やフラッシュ型教材をプロジェクタから写し出して行う授業始め復習,パソコンや実物投影機で取り込んだ資料をプロジェクタやテレビで提示して授業の導入やわかりやすく説明する際などに活用するのが一般的である。理科などではタブレット端末を利用して観察記録や実験結果の分析などで活用している。総合的な学習の時間や学校行事の準備ではパソコンやタブレット端末で調べ学習やプレゼンの作成,発表に活用している。また,テレビ会議システムを利用して他校や外国との交流学習や専門機関の通信学習を実施している。
ICT活用の成果
 ICT活用の目的は学習指導要領総則などから「指導方法の改善を図りながら生徒の学力の向上につなげていくと」ととらえられる。従ってその成果は授業方法の改善と生徒の学力の向上に求めなければならないが本校ではその検証は十分にできていない。しかし,すべて教師がほとんどの授業でICT機器を利用していることは,授業への興味づけであったり,授業を進める上での効率性であったり,あるいは授業中の生徒の表情や態度などから,それぞれの教師がなんらかのICT活用の成果を実感しているということではないだろうか。
ICT活用の課題
 まずは,ICT機器などの環境整備の問題である。教師は特にICTを活用するしないにかかわらず授業技術の研鑽も積み,学力向上にも取り組んでいる。そうした中で教師がICT活用を考えるとき,その効果とリスクを天秤にかけていると考えられる。リスクとして準備の負担や機器のトラブルが考えられるが,本校のICT機器は寄せ集め的で授業前の準備に時間がかかり,トラブルも多いため教師の信頼度はきわめて低い状態である。特にタブレット端末の活用へは消極的である。
 次にICTを活用した効果的な授業作りの問題である。本校の授業におけるICTの活用は,生徒の興味関心を高めるためやわかりやすく説明するための資料の提示や知識の定着を図るためのフラッシュ型教材などが中心になっている。これらの学習は受動的で個人学習に陥りやすい傾向にある。ICTを活用した生徒が互いに学び合い,より思考を深めることができる授業をデザインしていく必要があると考えている。
ネットいじめと情報モラル教育
(黒川雅幸)
 携帯電話やスマートフォンは,子どもたちにも普及している。子どもたちは,通話,メール,ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などを利用したコミュニケーションを行ったり,調べものをしたり,動画を見たり,音楽を聴いたり,ゲームをしたりしている(内閣府, 2016)。これらのほとんどのサービスにおいてインターネットが利用されている。
 インターネットの利用は,子どもにポジティブおよびネガティブという両価的な影響をもたらしている。例えば,Pierce (2009) では,社会的不安が高い高校生が,オンラインコミュニケーションで,テキストメッセージを介してやりとりしたりすることを快適であると報告しており,インターネットが苦手な対面でのコミュニケーションを補う役割を果たしている。また,Valkenburg & Peter (2007) は,10歳~17歳の子どものチャットでのコミュニケーションが,現実の友だちと過ごす時間を増加させるとともに,交友関係の質を向上させ,精神的健康を高めることを明らかにしている。
 一方で,携帯電話・スマートフォンでインターネットを利用している10歳~17歳の子どものうち,インターネット上でトラブルを経験した者が49.3%であったことも示されている(総務省, 2014)。チェーンメールを送られたり,知らない人からメールがきたり,ネットにのめりこんでしまい勉強ができなかったりという問題が起きている。その中でも,ネットいじめの問題は深刻である。平成26年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(文部科学省, 2015)では,「パソコンや携帯電話等で,誹謗中傷や嫌なことをされる。」いじめが小学校で1,607件,中学校で4,134件,高等学校で2,078件認知されている。パソコンや携帯電話等を用いたいじめは,特に中学校や高校学校で問題となっている。
 本シンポジウムでは,子どものネットいじめの問題,情報モラル教育がネットいじめを抑制する可能性があること,全児童・生徒に対して情報モラル教育を行う必要があることについて話題提供を行う。
ICTを活用した情報モラル教育の試行
(本庄 勝)
 スマホを活用した情報モラル教育×防災教育に関する取り組みを紹介する。
 教育の情報化ビジョンで示された一人一台情報端末を持つ時代に学校現場が向かいつつある一方で, 情報モラルに関する教育は, まだ十分とは言えない。学校現場ではネットいじめといった問題も顕在化しており, こうした問題に対する抜本的な対応が求められている。
 スマホ利用等に関する教育では, ネットいじめや架空請求など, 一般的にスマホのネガティブ面に関する啓もうが多い。一方で, 我々は, スマホ利用のポジティブ面に光を当てた情報モラル教育のあり方を検討する。スマホを使ったポジティブな活用体験(アクティブラーニング)を通じて, 子供たちにスマホ利用の気付きを与え, ネットコミュニケーション能力の向上を学んでもらい, 結果としてネットいじめ等トラブルの抑止につなげるのが我々の狙いである。それに加え, 防災というテーマを課題として提示することで, 子供たちには災害時におけるスマホを活用した情報収集・伝達・発信の仕方を学んでもらう。情報提供・集約時に留意すべきことを理解し, 平時から受け手の立場で考える素養を身に着けてもらうのが防災教育としての狙いである。我々は, こうした情報モラル教育×防災教育という授業パッケージを開発し, 2014年から実践授業を実施してきた。
 スマホを活用した防災訓練は以下のとおりである。共同班で課外活動中, 住んでいる町において自然災害が発生した場面を想定, スマホで情報交換することで, 班単位で自らが避難すべき, 避難場所, 避難経路を探す内容である。班ごとに情報カード, 住んでいる地域のマップが配布され, 班単位で分かれて活動(共同学習)する。班内の相手とは対面で会話し, 班外の相手とはSPIKAというLINEによく似たアプリを使用してコミュニケーションする。アプリ利用で, 短絡的な表現では, 相手に自分の気持ちは伝わらないということ, 情報を求めるばかりではなく, 与えることが他の人の手助け, 結果的に自分の助けにもなること, といった気づきを子供たちに与える。こうした気づきは, ネットいじめの抑止にもつながる。
 本実践授業にあたっては, 教師・生徒にあらかじめ用意したスマホを配布。スマホ上で, SPIKAのアプリを使用する。授業に集中できるよう, SPIKA以外のアプリは起動できない様にスマホには設定を施した。システム自体は, PCサーバ, Wi-Fiアクセスポイント, スマホで構成されており, インターネットとは独立した形で, クローズドなネットワークになっているのが特徴である。教師らによる設定の負担を軽減するため, 学校の公務ネットワーク等への接続も不要で, 持ち出しも可能とした。教師等にとって, アクティブラーニングのための安心・安全なスマホ環境を用意することを考慮した。
 本実践授業は, 情報モラル教育と防災教育との統合型授業である。情報モラル教育を, 情報モラル教育として行うのではなく, 授業本来の目的は別(防災教育)に定め, スマホを授業で利用することにより, 情報モラルを体験的に高めるのがポイントである。防災教育は, 熊本地震の状況も踏まえ, コミュニケーションツールの利活用が重要視されている。実践授業は自助, 共助を学ぶにも適合する。
これまで中学校, 高等学校等で実践授業を実施してきた。本シンポジウムでは, それらの概要を紹介しながら, 防災教育といったスマホのポジティブな活用体験による情報モラル教育の可能性を議論したい。