日本教育心理学会第58回総会

講演情報

ポスター発表 PB(01-64)

ポスター発表 PB(01-64)

2016年10月8日(土) 13:00 〜 15:00 展示場 (1階展示場)

[PB03] 伝統工芸職人の実践を記述する方法の検討

漆器職人の日常的こだわりについての調査

松熊亮 (首都大学東京大学院)

キーワード:社会文化的アプローチ, 正統的周辺参加, 熟達化

問題と目的
 Lave & Wenger(1991)は,正統的周辺参加を提唱し,おとなも対象に含めた実践や生活的状況における学びへの理論的視点を提供した。この理論を含む社会文化的アプローチでは,揺れから適応への組織化としての発達プロセスを想定し,それがおこる現象を特定の社会的文脈と具体的諸個人の記述から研究する方法がとられている。
 発表者は,日本の伝統漆器にかかわる職人を対象に,職業にかかわることで起こるおとなの技術や意味世界の発達について研究を試みている。職人たちの巧みな技術は,ものの出来の品質や,作業過程のスムーズさや柔軟さにこそ本質がある。しかしながら,それを記述するには,研究者自身がそれらの領域に対する理解を深め,顕在化させる研究上の仕掛けを検討する必要がある。
 現在発表者はインタビューを行って,職人の日常的なこだわりに着目した調査・分析を進めている。これは職人の実態調査と,面接法を用いた状況との動的過程を捉える方法論の探索を目的としている。
方   法
 発表者は関東圏の木製漆器産業で生計を営む職人を対象に依頼・調査を進めている。インタビューでは研究者が目的を伝え,職に就いた来歴,仕事上の習慣や作品へのこだわりに関する聞き取りを行った。具体的には作品や仕事場や地元産地について,こちらからも気になったことを尋ね,本人が思いつくことを引き出すように聞き取りをした。
 上記の方法で得られた内容から,現実の動きや物質について言及をされている職業的日常のこだわりが,どのような状況領域において生じてくるかを探索的に分類・分析する。本稿では経過報告として,協力を得た小田原塗を生業とする60代半ばの塗職人の発話内容を事例的に示す。
結   果
 1名の小田原塗職人の発話から抽出したこだわりエピソードを領域別に分類した(Table 1)。
 それらの理由づけに着目すると,まずラジオや人のところへ行くなど話題は「落ち着かない」という感覚的な理由づけがなされていた。また作業着や手袋は漆を扱う作業で汚れてしまうからという作業上の制約が理由づけられていた。
 漆をふき取る布やろくろは,商品の漆塗りの際に混入して見栄えを悪くするゴミとのかかわりで言及され,温度・湿度や他の技法の学びとともに,商品としての出来と関連付けた理由づけがなされていた。
考   察
 事例的に示した職人からは,インタビューを通して,やや観察可能な客観性を帯びたエピソードが抽出できた。本人の言語報告の中ではものづくりにかかわる状況の制約や作業過程の調整と,これらのこだわりが関わっていることが示唆されている。
 今後協力者をつのり,上記の観点からのインタビュー及び分析を進めていきながら,今後の研究に向けた検討を行う予定である。