日本教育心理学会第59回総会

講演情報

ポスター発表 PA(01-83)

ポスター発表 PA(01-83)

2017年10月7日(土) 10:00 〜 12:00 白鳥ホールB (4号館1階)

10:00 〜 12:00

[PA16] 店舗と顧客の越境による新たな顧客ウオンツの創発過程

2店のレストラン実践の比較から

會津律治 (横浜国立大学大学院)

キーワード:越境, 集合的学習, 社会規範

目   的
 エンゲストロムら(1995)は,境界を超えることによって,新しい学びが生じるとし「越境」という概念を示した。境界について香川(2008)は,当事者達と研究者が構成する境界とは異なる可能性があるとし,青山(2015)は,越境に関する近年の論点として,境界をすでに決まっているものとして捉えるのではなく,当事者による実践の中で境界がどのように定義/再定義されているかを検討すれば,当事者が越境のプロセスをどう捉えているかが,より明確に描きだせるはずである。としている。
 本調査ではレストランの実践において,「生産側」と「消費側」という利害が背反する二つの共同体が,レストラン営業という実践の中で互いの境界を越境することで,まだ皆にとって未知なる欲望(顧客ウオンツ=商品が持つ機能の本質以外の付加価値)を創発する過程を検証する。
 実践者であり,分析者でもある筆者が経営する2店のレストラン(1)フランス料理店(以下,F店)(2)バーベキュー店(以下,BBQ店)の事例の記述・分析から,「越境しようとしている例」と「越境した例」を示し,当事者による越境のプロセスを検証する。
方   法
 調査対象は,当該店舗の,F店(開店2年目)店長・男(40代),BBQ店(開店8年目)店長・女(50代)及び不特定多数の顧客である。調査実施は2016年5月,調査方法は,対象者のやりとり及びインタビューを元に記述・分析した。
結果と考察
 今回得られたデータより,顧客と店舗側の越境場面に言及した言葉,それぞれ自身のあり方が変わっていくプロセスに特に焦点化し分析した。
 事例(1)F店(越境しようとしている例)
店長:「どうしましょう(ソファーで寝ているカップルを見て調査者に尋ねる様に )?」
調査者:「ね?(少し迷ってから),気持ち良さそうだね(店長に同意を求める)」=顧客行動の肯定
店長:「よく寝ていましたね? (目覚めた客に) 」
客(男):「あ,すみません。余に気持ちが良くて」
店長:「そういう意味(寝てはいけない)ではなくて,寝ていても良いですよ(傍の顧客の友人は熟睡中)」
 結果(1):開店2年目の仏料理店内において表出した,「食後に仮眠したい」という顧客ウオンツは仏料理店における顧客行動の社会的規範を超えており,スタッフは戸惑うが,顧客行動を容認した。今まさに仏料理店としての在るべき規範が揺らぎ,社会的規範という境界を超え新たなジャンルのレストラン業態が誕生しようとしている。
 事例(2)BBQ店(既に越境している例)
調査者:「BBQ店」では,ソファーで大の字に寝ている客をどう思う。
店長:今は全然気にしないよ,昔はどうしょうかな?と考えたこともあったけど。
調査者:今は,OKだね?
店長:勿論!「BBQ店」ですよ??(今更何を聞くの?の意)。何したって大丈夫。Aちゃん(2年前入店の社員)が入って来た時によく聞かれたよ「あのままにしといて良いのっ?」って,色々なことでね。
調査者:今は,聞かれないの?
店長: Aちゃんはもう,「BBQ店」は自由で良いって分かっているからね。
 結果(2):開店8年目となる店舗のスタッフは,BBQ店内において表出する新たな顧客ウオンツ(レストランとしての料理店の規範を越えた新たな使用方法)の創発が,この店舗の存在意義と理解し行動していた。 
 以上2店のレストランの実践において,店舗と顧客という利害が背反する二つの共同体が協働で,料理店の社会的規範を揺るがし,店舗と顧客それぞれ自身のあり方が変わっていく過程,及び規範を越えて歴史的に未知なるカテゴリーの飲食業態を創発させた例を示し,当事者による越境のプロセスを検証した。