16:00 〜 18:00
[PF09] 伝統工芸職人の実践の意味づけの発達に関する一考察
キーワード:正統的周辺参加, 熟達化, 生涯発達
問題と目的
私たちは,労働や社会的活動に実際的に関わりながら,どのように自身の周囲世界を意味づけ,また同時に自己の存在の形を確認するようになるのであろうか?Lave & Wenger(1991)は,知識・主観的意味・動機を,実践共同体に参加する主体変容という全体の中でとらえる視点を提供した。彼らの正統的周辺参加(以下,LPP)という視座は分業的役割の総体として成り立つ実践と,そこに多様なやりかたで参加する個人という状態像を整理するものであった。
LPPの意義は,先のような整理によって実生活,特に職業実践における人間の社会的発達を研究する方向性が生み出されたことにある。発表者が試みているのは,LPPの前提を援用しつつ,実践に分業的に参加する具体的個人の生涯発達の様相について検討することである。
現在,発表者は主に日本の伝統漆器産業の職人を対象に調査を行っており,今回もその調査の一部を報告する。発表者が伝統工芸などの職人を対象とするのは,実際の生産作業を自身の役割として引き受け参加するときに生じる人間の実践における社会的発達を理解していくためである。
昨年度の発表では,漆器産業の熟達した塗り職人の仕事の様子を報告した。塗り職人は仕事において日常的に小さな探索的取り組みを行っており,彼らはその日々の作業や取り組みにこそ文化や動機などの意味を見いだしている可能性を示した。
本発表はそれに続くものとして,そこで指摘した熟達者の能動的かかわりと意味づけがどのように形成されてきたかの探索的検討を試みる。熟達者の作業に付与される意味づけと,彼らが実践を継続させてきた実際的過程との間にどんな関係があるのかを視点に,実践への意味づけの発達プロセスを検討することが今回の方針である。
方 法
発表者は2016年から継続して関東圏の伝統漆器産業で生計を営む職人を対象に調査を進めている。調査は,仕事に関する聞き取りが主であり,必要に応じて工房や作業の観察も依頼している。聞き取りでは,協力者の仕事の来歴,仕事場の環境や地元産地などの状況,日々の作業の工程やものづくりへの自身のこだわりなどについて具体的な報告を求めるようにしている。
現在は,60代の鎌倉彫職人1名と,小田原漆器職人1名の語りを中心に分析を進めている。2名の言語報告の分析視点は,これまでの長い職業生活の中で彼らの作業や仕事に付与される意味づけの構造にどのような変化があったかである。
結果と考察
表1は,2名から共通して語られた仕事の意味づけの時間的変化をまとめたものである。まず両者ともに技術を習得することや先人を追うことが目標である「見習い期」があり,ある程度仕事が自分のものになったころ,学びの動機や意識する他者や対象に変化があったと語る点に共通点が見出せた。また仕事を作品にする意識や,後世に残るものを作る意識が,ものづくりへの取り組みを支える動機として,60代以降新たに生じるようになったという点にも共通性が見出された。
2名は,現在の作業についての聞き取りにおいて,個人的取り組みやこだわりを多数報告した。しかし2名はともに,見習い期の後には,産業の理想化や学ぶことそのものを動機とするには強い限界があったとも語った。現在に至るまで彼らは,一貫してものづくりを生業とし,技術や質の探求を継続してきたわけであるが,その経過は時期によって違った意味づけ方がなされているといえる。
以後は,彼らが見習い期以降に抱えるようになった葛藤や,新たに生じるようになった仕事への意味づけや対象,時期による学びやものづくりへのこだわり方の質的変化に着目し,報告内容の分析を進めていく。それらの結果を可能な限り当日のポスターにて報告する予定である。
私たちは,労働や社会的活動に実際的に関わりながら,どのように自身の周囲世界を意味づけ,また同時に自己の存在の形を確認するようになるのであろうか?Lave & Wenger(1991)は,知識・主観的意味・動機を,実践共同体に参加する主体変容という全体の中でとらえる視点を提供した。彼らの正統的周辺参加(以下,LPP)という視座は分業的役割の総体として成り立つ実践と,そこに多様なやりかたで参加する個人という状態像を整理するものであった。
LPPの意義は,先のような整理によって実生活,特に職業実践における人間の社会的発達を研究する方向性が生み出されたことにある。発表者が試みているのは,LPPの前提を援用しつつ,実践に分業的に参加する具体的個人の生涯発達の様相について検討することである。
現在,発表者は主に日本の伝統漆器産業の職人を対象に調査を行っており,今回もその調査の一部を報告する。発表者が伝統工芸などの職人を対象とするのは,実際の生産作業を自身の役割として引き受け参加するときに生じる人間の実践における社会的発達を理解していくためである。
昨年度の発表では,漆器産業の熟達した塗り職人の仕事の様子を報告した。塗り職人は仕事において日常的に小さな探索的取り組みを行っており,彼らはその日々の作業や取り組みにこそ文化や動機などの意味を見いだしている可能性を示した。
本発表はそれに続くものとして,そこで指摘した熟達者の能動的かかわりと意味づけがどのように形成されてきたかの探索的検討を試みる。熟達者の作業に付与される意味づけと,彼らが実践を継続させてきた実際的過程との間にどんな関係があるのかを視点に,実践への意味づけの発達プロセスを検討することが今回の方針である。
方 法
発表者は2016年から継続して関東圏の伝統漆器産業で生計を営む職人を対象に調査を進めている。調査は,仕事に関する聞き取りが主であり,必要に応じて工房や作業の観察も依頼している。聞き取りでは,協力者の仕事の来歴,仕事場の環境や地元産地などの状況,日々の作業の工程やものづくりへの自身のこだわりなどについて具体的な報告を求めるようにしている。
現在は,60代の鎌倉彫職人1名と,小田原漆器職人1名の語りを中心に分析を進めている。2名の言語報告の分析視点は,これまでの長い職業生活の中で彼らの作業や仕事に付与される意味づけの構造にどのような変化があったかである。
結果と考察
表1は,2名から共通して語られた仕事の意味づけの時間的変化をまとめたものである。まず両者ともに技術を習得することや先人を追うことが目標である「見習い期」があり,ある程度仕事が自分のものになったころ,学びの動機や意識する他者や対象に変化があったと語る点に共通点が見出せた。また仕事を作品にする意識や,後世に残るものを作る意識が,ものづくりへの取り組みを支える動機として,60代以降新たに生じるようになったという点にも共通性が見出された。
2名は,現在の作業についての聞き取りにおいて,個人的取り組みやこだわりを多数報告した。しかし2名はともに,見習い期の後には,産業の理想化や学ぶことそのものを動機とするには強い限界があったとも語った。現在に至るまで彼らは,一貫してものづくりを生業とし,技術や質の探求を継続してきたわけであるが,その経過は時期によって違った意味づけ方がなされているといえる。
以後は,彼らが見習い期以降に抱えるようになった葛藤や,新たに生じるようになった仕事への意味づけや対象,時期による学びやものづくりへのこだわり方の質的変化に着目し,報告内容の分析を進めていく。それらの結果を可能な限り当日のポスターにて報告する予定である。