日本教育心理学会第59回総会

講演情報

ポスター発表 PF(01-81)

ポスター発表 PF(01-81)

2017年10月8日(日) 16:00 〜 18:00 白鳥ホールB (4号館1階)

16:00 〜 18:00

[PF58] 転換性障害が明らかになった小学生への学習支援の効果

小児てんかん児の効力感の向上を図る

金子重美 (東京都特別支援教室巡回相談心理士)

キーワード:てんかん, 転換性障害, 学習支援

問題と目的
 児童期・思春期の子どもは学校生活が一日の中心となっているといえる。山内(1986)は小児てんかん児やその家族が病気や社会生活に不安を抱えていることを指摘し,杉浦・小貫・平野・小沢(2011)らが行ったアンケート調査ではてんかん児が社会生活を営む上で不要な制限や先入観による偏見を余儀なくされている可能性や,一般教師群の理解不足を指摘した。井上(2012)も脳損傷や抗てんかん薬の副作用,認知機能障害,早期発症による心理社会的脆弱性など多くの要因からてんかん患者の精神医学的症状の発現の可能性を示唆した。これらの知見より小児てんかん児が自分ではどうすることもできないストレスを抱えている可能性が推察される。渡辺(2000)は転換性障害とは解決できない葛藤が身体症状に置き換えられる障害で,意図や作為ではなく葛藤やストレスにより症状は増減すると述べている。     本研究では全身の脱力や四肢の機能低下の症状を示す転換性障害が生じた小児てんかん児に対して学習支援を行った事例を報告し考察する。なお,事例報告にあたり協力者(保護者)へ本発表の趣旨と個人情報の保護,いつでも協力拒否ができる旨について説明し,承諾を得て本事例報告を行っている。
事   例
 小学5年生女児A。小児てんかんで,服薬治療を行っていた。4年生の6月から全身脱力の症状を繰り返すようになった。脱力時に意識はあるが自力で立て直せず,日常生活においても手足の力が思うようにならない場面は支援を必要とした。症状が現れた当初,医療機関で検査を行ったが原因はわからず,Aへの対応に保護者も学校も苦慮した。症状により学習や集団活動に支障をきたし,3学期には別室登校という不適応状態となった。5年生になり学校医の観察や精神医療機関の受診,検査を経て転換性障害との判断が出た。
 Aは他の児童と同じように学習の成果を得たいと努力をしていたが以前から学習内容に難しさを感じ,望むようにできない自分自身にいら立つとともに周りにできない自分を見られることを強く拒むプライドの高さがあった。Aの学習への抵抗感は強く,書字や質疑応答も自信がないと嫌がった。教師や他の児童とのかかわりも少なく,母親のAに対するいら立ちや不安もみられ,Aの心理的負荷は高い状態であった。
学習支援の内容
 学習の導入 学習に対して無力感を抱いていたが,Aの「漢字」に持っていた興味や自信を利用し,ゲーム形式の取り組みの中で学習する面白さに気付かせた。学習に対する不安感が大きかったため,学習内容の見通しを持たせ,Aが答えを間違っても叱責されないと理解し安心して学習できる信頼関係を作った。
 読み 音読はたどたどしく声が裏返るほどの緊張感があったため指導者の読みを聞きながらの黙読から始め,読めない漢字にはルビを振らせた。緊張感の低減に合わせ,段階的に読む作業を取り入れた。
 書き 手の力が不安定であったため,カード遊びや指遊びで手を使う意識を高め,多色ボールペンを使って文字や線を書こうとする意欲を持たせた。ホワイトボードや穴埋めプリントを用いて負担感を減らした。Aの好きな習字は,本人の達成感につながるように1画1画支援し,具体的に褒めて自信を持たせた。
 読解 語彙力や一般的な知識が不足していたので言葉の意味を確認することが不可欠であった。辞書引きのスキルの習得を図り,丁寧に取り組むことで語彙力を増やした。イラストや板書の工夫をして文章内容の把握を視覚的にイメージできるように支援した。
 算数 計算手順は明確に示し,課題の量に配慮した。パターンが身につくまでミスに対して丁寧に支援をすることで間違うことへの不安を減らし,根気強く取り組む姿勢の定着を図った。算数用語は毎時間の確認を繰り返し,言葉の意味のイメージを持ちやすくなるよう図式化して提示した。図形は具体物の作業を取り入れ,文章題はイラスト・図・キーワードと活用するものを変化させながら立式できるように取り組んだ。
 実技学習 理科の実験や家庭科の作業は学級よりも先行して進め,「みんなと同じ活動ができている」意識を高め,個別学習から集団学習へ移行するための足掛かりになるように取り組んだ。
 認知トレーニング コグトレを使い,視覚・聴覚・短期記憶・注意・集中の認知機能の発達に取り組んだ。
考   察
 本事例ではAが抱えていた学習性無力感に対し,Aの特性に応じた学習指導や支援を行うことで学習成果が具体的に表れ,教員や保護者,他の児童からも評価を得られる状態になった。また,Aが不安を抱えていた他の児童とのかかわりにも自ら前向きに取り組もうとする変化が言葉や行動に視察されるようになった。Aの「みんなと同じ活動」への効力感が動機づけの一つとなり,学習に対する自己効力の意識が持てたこと,Aの持つ良さや努力の過程を認められたことがAの自己肯定を高める一因となったのではないかと推察する。学習への効力感と同級生とのかかわりあいの増加が減薬や精神医療,保護者サポートと相互作用し,母子で抱えていたてんかんや学校生活に対する不安や緊張,葛藤を軽減させ,Aの学校生活への安心感を生じさせた可能性があったものと推察する。本事例では転換性障害の症状の軽減に伴い別室登校からの教室復帰を果たした。一事例であるため解釈には慎重を要するが,小児てんかん児にとって学校生活における学習の効力感の向上を図ることは二次障害としての転換性障害から生じた学校不適応に対する改善の一因になった側面があるものと推察する。