日本教育心理学会第61回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

[JF03] JF03
生体情報を用いた教授学習研究の可能性

2019年9月15日(日) 16:00 〜 18:00 3号館 3階 (3303)

企画・司会:山森光陽(国立教育政策研究所)
企画:伊藤崇(北海道大学)
話題提供:長野祐一郎#(文京学院大学)
話題提供:神長伸幸(ミイダス株式会社)
指定討論:河野麻沙美(上越教育大学大学院)
指定討論:楠見孝(京都大学)
指定討論:有馬道久(香川大学)

[JF03] 生体情報を用いた教授学習研究の可能性

山森光陽1, 伊藤崇2, 長野祐一郎#3, 神長伸幸4, 河野麻沙美5, 楠見孝6, 有馬道久7 (1.国立教育政策研究所, 2.北海道大学, 3.文京学院大学, 4.ミイダス株式会社, 5.上越教育大学大学院, 6.京都大学, 7.香川大学)

キーワード:生体情報、教授学習、授業研究

企画趣旨
 教育心理学における教授学習過程研究の手法として多く用いられてきたのは,質問紙法や観察法である。一方,瞳孔面積,瞬目,鼻部温度,脳波,fMRI,PETや(中山・清水, 2000),脈波(宮西・長濱・森田, 2018)などの生体情報と学習活動との関係も検討されてきた。また,課題遂行中の認知負荷の,心拍や皮膚電位などを用いた測定も行われるようになってきた(Zheng, 2018)。
 最近では汎用性が高く安価なマイクロコンピュータとセンサを組み合わせたデバイスによって,これらの生体情報を比較的簡便に計測することが可能となってきた。さらに,デバイスも小型化しているため,例えば授業時間全体にわたって,教師や学習者の生体情報のリアルタイムな計測を,学習指導・学習活動を妨げずに実施できるようになってきている。
 このような技術の進展は,教授学習研究の手法に変化をもたらすと考えられる。すなわち,質問紙法では把握できない学習活動中の教師及び学習者の様相を,事後の内省報告に頼るのではなく,活動中に継続的にログを取ることで時系列的に把握可能となると考えられる。また,観察法における対象児や時間の抽出にともなう代表性の問題を回避し,学習活動に参加している全学習者を対象とし,全ての時間を通して学習活動の様相を網羅的に把握可能となることが期待される。
 上記の状況をふまえ,本シンポジウムでは,生体情報を用いた教授学習研究の可能性について議論する。特に,実際の授業の中での教師や学習者,学習に類する活動における対象者の生体情報を取得・分析する研究を取り上げて,具体的方法や知見を検討するとともに,各々の生体情報がどのような行動を反映するのか,認知的・心的過程を代表するのか,構成概念と関連を持つのかなどを議論し,新たな教授学習研究や授業研究の方向性を探る。

児童の身体の揺れと対面行動を計測するセンシング技術を応用した授業研究の可能性 
伊藤 崇
 授業中の児童生徒の学習過程を明らかにする上で,授業への参加行動の記述が方法的に要請される。しかし,参加人数が多い場合,観察法などによる行動記述には,対象が抽出児や一定時間に限られたり,複数の観察者を用意してトレーニングするなど人的・時間的に大きなコストを要したりするという問題がある。これに対し,報告者らは身体に装着したセンサから得られた,その揺れと対面相手を記録したデータに基づいた授業への参加行動の記述を試みている。この方法には,一度に多人数の行動を対象にできること,長時間の計測が可能であることなどのメリットがある。報告者らは,大阪大学COI及び(株)日立製作所との協同研究体制の下,同社製の人間行動データ収集システムを導入して,学校の複数の教科を対象として児童生徒の授業参加行動の測定を続けている。
 同システムを用いて可能なことは,授業参加者間のコミュニケーションネットワークの作成,及び身体の揺れを指標とする学習課題従事行動の推測である。前者は,赤外線センサと6軸加速度センサのデータを基に作成される。例えば中島ら(2018)は,中学校体育におけるグループで相談する活動を対象として,生徒間のコミュニケーションネットワークが授業の進行とともに変化する様子を明らかにした。一方で,身体の揺れを指標とすることで授業参加者の課題従事行動の判断を行うことも有効である。例えば山森ら(2018)は,ある課題従事行動が求められる場面において,各児童の身体の揺れの最大値の取り得る範囲を明らかにしている。これにより,ある児童がある課題への従事を求められたとき,それをしているのかどうかを判断することが可能となる。この研究では,「じっとしていなさい」と指示された場合と,「先生の話をしっかり聴きなさい」と指示された場合とで,揺れの周波数が異なることが示された。このことは,外からの観察では難しかった「聞くこと」の評価が,身体の揺れという指標を通して可能になることを示唆する。
 一方,このようなデータと行動の詳細との対応の特定が困難という限界を指摘できる。しかし,センシングデータの授業研究における応用によって,人的・時間的コストを減らしつつ,従来は難しかった,多くの児童生徒についての授業時間全体にわたる行動の網羅的な把握や,その長期的な変化過程の記述が可能となる。そのため,従来のような参与観察や動画記録とは異なる観点に立った研究の実現につながる可能性が期待される。

簡易生体情報機器を用いた心身相関教育及び講義形態の違いによる発汗の比較   
長野祐一郎
 生体計測機器のコストは高く,導入が困難な場合も多いが,近年はオープンソース・ハードウェアArduino等を利用することで,低コスト計測が可能となりつつある(櫻井, 2017; 宮西ら, 2017)。実習形式の授業では,低コストを活かし複数の測定機器を用意することで,多くの参加者に測定体験をもたらすことができ,教育効果を飛躍的に高められる可能性がある。ここでは,Arduinoを用い作成した簡易生体情報機器を,子どもたちを対象とした心身相関教育,大学生を対象とした講義の評価に用いた事例を紹介する。
 近年は,小中高の学習指導要領にも,「心の健康」がとりあげられるなど,教育現場においてもストレスマネジメント教育の重要性が認識されつつある。そのなかでも,ストレスによる体の変化に気づかせる活動に関しては,実体験が重要となるため,座学での授業では不十分な側面がある。著者らは,小学生を対象に,すごろく課題中の皮膚温を測定し,グラフ化する実習,高校生を対象にダーツ課題中の発汗活動,心拍数を測定する内容の実習を実施した。計測機器は,いずれも安価であったため,複数台を同時に用いることで参加者全員が生体計測を体験することができた。結果として,ストレス時の身体変化に対する気づきを促す点において,十分な教育効果を得ることができたと考えられる。
 大学生対象の講義では,Arduino環境をベースに作成したIoT測定器を用い,50名を対象に発汗活動の無線測定が行われた。講義は生理心理学に関するものであり,従来型の講義,授業内実験,ディスカッションの3期間で構成されていた。各々のテーマは,発汗活動の測り方,射的ゲーム中の反応測定実演,生体測定の社会応用であった。授業参加者の発汗はディスカッション中に顕著に多く,講義中は時間経過に伴う明確な下降が認められた。主観評定の結果は,講義以外の期間においておおむね肯定的であった。生体反応と主観評定の相関は授業内実験においてのみ認められた。講義中は皮膚コンダクタンスの床効果が,ディスカッションでは社会的感情の生起が原因となり,相関が低くなった可能性が考えられた。
 生体計測のメリットは,客観的な反応であることに加え,時系列的な測定を可能とすることであるが,何よりも生きた人間から生じる生体情報をリアルタイムで見ることは,心身相関現象を理解する上で想像以上に大きなインパクトをもつ。一方で,質問紙と同等の手軽さを実現するには,金銭的コストだけでなく,装置やソフトウェアのユーザビリティを大きく改善するなど,人的コスト面での課題を大幅に解決する必要がある。

文理解中の眼球運動と瞳孔径変化 
神長伸幸
 本報告では,言語理解中の眼球運動および瞳孔径の変化について,指標の妥当性ならびに教授・学習過程での計測の可能性を考える。眼球運動は,我々が外部環境で最も興味ある対象を高解像度の中心視野で捉えようとするために生じる。読書中の眼球運動を測定した数多くの研究において,文章理解過程で生じる困難さが単語の注視時間や読み返しの眼球運動を増大させることが示されている(Rayner, 1998)。また,視覚世界パダライムと呼ばれる話し言葉理解中の眼球運動を測定した研究では,音声言語の理解によって作られる心的表象に対応した事物の注視が,音声の提示からほとんど遅延なく生じることが示されている(Tanenhaus et al., 1995)。
 さらに,近年の眼球運動測定機器の精度向上に伴い,心的な活動による瞳孔径の変化が比較的容易に測定できるようになった。瞳孔径は,周囲の環境の明るさに応じて変動するだけでなく,驚きや認知的な負荷によって拡張することが知られている(Kahneman & Beatty, 1966)。脳科学研究では,瞳孔径の変化が脳幹内の青斑核の活動と高い相関関係にあることや青斑核にtonicとphasicという持続時間の異なる活動があり,瞳孔径がその様相の観察に適していることが指摘されている (Aston-Jones & Cohen, 2005)。言語理解時の瞳孔径を測定した先行研究では,複雑な構造を持つ文を理解する際に瞳孔径の拡張が顕著になることが示されている(Just & Carpenter, 1993)。
 著者は,視覚世界パラダイム実験において,5・6歳幼児と成人が形容詞と名詞を含む文(例えば『緑の猫はどれ』)を理解し,文の意味に対応する視覚文脈内の事物(例えば,緑の猫・緑の猿・ピンクの猫・オレンジのリスの絵をパソコンディスプレイに提示した場合の緑の猫)を参照する過程を検討した。その際,対応する事物への注視頻度と瞳孔径を指標とした。その結果,成人は逐次的に生成される文の意味の理解に対応した事物への注視頻度の上昇が観察された。一方,5・6歳の幼児では,眼球運動の生成タイミングのばらつきが大きいために,注視頻度では,逐次的な文の理解を捉えるのが難しいことや瞳孔径の変化によってそれを補償的に捉えられることが示唆された。
 以上のような知見を考慮すると,教授・学習場面においても,眼球運動と瞳孔径を組み合わせた測定ならびに分析が有効であると考えられる。また,瞳孔径を分析する際には青斑核のtonicとphasicという異なる活動を反映した瞳孔径の変化に注目することで,学習に伴う心的な変化を捉えられる可能性がある。同時に,瞳孔径を指標とするために,環境内の明るさや興味の対象外の心的な活動の統制に十分配慮する必要があると考えられる。
付  記
このシンポジウムはJSPS科研費 (基盤研究A:17H01012)の助成を受けた。