日本教育心理学会第61回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

[JG06] JG06
これからの教育を問う(3)

道徳教育の在り方を考える

2019年9月16日(月) 10:00 〜 12:00 3号館 3階 (3306)

企画・司会・話題提供:田口久美子(和洋女子大学)
企画・話題提供:大津悦夫(元・立正大学)
企画・指定討論:馬場久志(埼玉大学)

[JG06] これからの教育を問う(3)

道徳教育の在り方を考える

田口久美子1, 大津悦夫2, 馬場久志3 (1.和洋女子大学, 2.元・立正大学, 3.埼玉大学)

キーワード:子どもの人権、道徳的発達、教科化

 学力の評価において,関心・意欲・態度により重きを置いた,いわゆる,新しい学力観の教育への布石となった学習指導要領改訂が行われたのは,1989年(平成元年)であった。
 この30年余りの間に,学校教育は大きな変貌を遂げた。生活科の創設,総合的な学習の時間の創設,など教育課程の改変にとどまらず,戦後の学校教育の要をなしてきた教育基本法の改定(2006年)も行われた。
 教育基本法の改定により,「国を愛する心」が盛り込まれたことは,「特別の教科 道徳」の導入をはじめとして,教育課程に大きな影響を及ぼしている。このことは,同教科での「国を愛する心をもつ」(小学校第3学年~第6学年),「日本人としての自覚をもって国を愛し」(中学校)という現行学習指導要領の明記に象徴的である。
 一昨年,昨年に続けて3回目となる今回のシンポジウムでは,学校教育の中での教科としての道徳教育の在り方について改めて考える。2018年度に小学校で「特別の教科 道徳」が正式導入されたことから,現場での実情をふまえ,「特別の教科 道徳」の課題を捉える。また,「特別の教科 道徳」のあらたな教科書作成の方針が明らかになったことを受け,目標・内容・評価について,問題点を捉える。これらをとおして,今後の学校教育において,留意すべき点について意見交換を行い,これからの教育への希望を語る機会としたい。
 まず,大津悦夫から,あらたに示された,「特別の教科 道徳」の教科書の方向性や内容をふまえ,教科としての道徳科の問題点について報告を行う。
 田口久美子からは,2018年度小学校で正式導入された「特別の教科 道徳」の,初年度の実践についての,現場の教師からの聞き取りから見えてきた,教科としての道徳の問題について話題提供を行う。
 これらの話題提供を受け,指定討論の馬場久志から,新たに始まった道徳教育の実践から見えてきた教育への課題を提示してもらい,道徳を含めた教育全体の問題についてとらえ,子どもの権利や生活に根差した,豊かな人格的発達に資する議論を進めたい。

道徳科における主体性の育成を問う   
大津悦夫
 「特別の教科 道徳」(道徳科)は,「考える道徳」「議論する道徳」であることが強調され,また2017年3月に改訂された学習指導要領においても各教科において「主体的・対話的で深い学び」が児童・生徒に求められている。しかし,道徳科においては,検定済教科書を検討する限りこのようなねらいが達成しにくい指導体制ができあがりつつあるのではないだろうか。そこで,道徳性を育成する際の道徳性の内容や指導,児童・生徒の発達と学びの視点から教師の主体性の発揮及び児童・生徒の主体性の育成について考えてみたい。
1.道徳教育の本来の使命は特定の価値観を押しつけることではないとされている。2014年10月の中教審答申では,次のように説明されていた。「道徳教育の本来の使命に鑑みれば,特定の価値観を押し付けたり,主体性をもたず言われるままに行動するよう指導したりすることは 道徳教育が目指す方向の対極にあるものと言わなければならない。むしろ,多様な価値観の,時に対立がある場合を含めて,誠実にそれらの価値に向き合い,道徳としての問題を考え続ける姿勢こそ道徳教育で養うべき基本的資質であると考えられる。」ここで重視されているのは「道徳としての問題を考え続ける姿勢」を養うことであり,そのために道徳科では何をどう指導するかが問われているのである。ル-ルやマナ-を教える場合でも,その意義や役割を考え,必要があればよりよいものに変えていく力を育てることめざしている。すなわち,問題に直面している当事者にとってよりよいものを作り出す能力を育成することが道徳性を育成するための基礎にあると考えられる。
2.道徳科には「道徳としての問題を考え続ける姿勢」を貫徹できない構造が内在している。2014年の中教審答申では,4つの視点から道徳的価値を示し,その「視点の意義を明確にするとともに その順序等を適切なものに見直すこと」と意見が記されている。視点のなかには「 主として集団や社会との関わりに関すること」 や「主として自然や崇高なものとの関わりに関すること 」があるが,これらの視点は「特定の価値観をおしつけ」ている。学習指導要領「道徳編」の解説では,「 主として集団や社会との関わりに関すること」については,日本人としての自覚を求め,「平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な道徳性を養うこと」に関する内容であること強調されている。しかし,このような「意義」を持つこの視点の内容は,「主体性をもたず言われるままに行動するよう指導したりする」ことを排する道徳教育の基本的な考え方と矛盾する。それ故に,上記2つの視点の内容は,主権者を育てる道徳教育の内容として妥当かどうか,また残りの2つの視点の内容についても,その妥当性をそれぞれ検討する必要がある。教師には教材で「道徳としての問題を考え続ける姿勢」を育成する工夫が求められている。道徳を教えることができるかという問題はあるが,何を価値として選択するのかについての根本的な検討が望まれる。

小学校で正式に始まった「特別の教科 道徳」の実践から見えてきたこと~教師たちの聞き取りをとおして
田口久美子
 2018年度は,戦後の学習指導要領が,「試案」から「告示」へと大きく性格を変え,特設道徳が小中学校の教育課程に盛り込まれた1958年から60年という節目の年でもあると同時に,特設道徳が小学校において,「特別の教科 道徳」として教科化がスタートする年でもあった。そういう意味では,2018年度は,戦後の学校教育の大きな転換点のひとつであるといえよう。
 「特設」ではなく「教科」ということになれば,従来のように,各教育委員会や学校,教師が創意工夫を凝らして作成した教材ではなく,検定済教科書を中心に教育が進められていくことになる。その影響は,2018年度からの小学校での本格実施の前に,まず,教科書の内容への検定意見という形で反映された。例えば,ある教科書会社では,学習指導要領における「わが国の伝統と文化の尊重,郷土を愛する態度」にかかわる検定意見を受け,パン屋から和菓子屋へと内容を変更したとの報道があった(朝日新聞社,2017)。
 「特別の教科 道徳」の実践においては,まず,このように,検定済教科書を用いるという制約が,教師と子どもに生じた。
 しかも,教育課程では年間35単元が配当されていることから,週1日1単元のペースで進めるとすれば,読み物や長い文章が主体の1単元を,週1コマ(45分)で終了させねばならない。週1コマ,45分間で,1単元を進めるのでは,文部科学省が謳う「考え,議論する」道徳からは程遠いのではないだろうか。
「特別の教科 道徳」の実践を1年間行った小学校の教師たちの声として最も切実であったのは,評価をどうすればいいのかという問題であった。教師のみならず,学校全体が混乱していたという声も聞かれた。
 当然ながら教科と評価は密接に関連している。現場の教師は,初年度の「特別の教科 道徳」を,検定済教科書を用いて,試行錯誤しながら教えていたが,同時にどう教え,どう評価するのか,困惑していた。教師たちは「評価基準が明確ではない教科」にたいし戸惑いを持ちながら教えていたことになる。
また,評価基準と関連して,いわゆる道徳的価値の子どもへの注入や植えつけについての葛藤も語られた。
 当日は,現場の教師から得られたエピソードをもとに,「特別の教科 道徳」の課題について,教科書(内容),目標,評価,教師・子どもの権利や葛藤などの観点から整理を行い,話題提供を行いたい。