一般社団法人日本学校保健学会第67回学術大会

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シンポジウム3
学校健康診断における色覚に関わる考え方の変遷と今後の在り方

コーディネーター:高柳泰世(本郷眼科)

[SY3-3] 色覚検査をめぐる21世紀の新しい展開―多様で連続的な色覚観の勃興

川端裕人 (作家)

キーワード:色覚の多様性と連続性 石原表の問題点 世界的な新しい色覚検査の動向

 拙著『「色のふしぎ」と不思議な社会 2020年代の「色覚」原論』(筑摩書房)で取り上げた内容から,色覚検査についての考え方の新しい流れと,旧来の検査の問題点をできるだけコンパクトに紹介します.
 2014年4月の文科省通知を機に,学校での色覚検査を行うケースが再び増えていると聞きます.その際,学校健診で石原表を使い,さらに医院での確定診断でも石原表を判断基準とすることがほとんどのようです.石原表を確定診断に使う場合,誤診が多いことが従来から指摘されてきましたが,21世紀になってからの学術研究で,その傾向がはっきりと検証されました.
 アメリカ空軍がパイロット候補のために開発したCCT(Cone Contrast Test 錐体感度コントラストテスト)や,イギリス民間航空局が民間航空パイロットのために開発したCAD(Colour Assessment Diagnosis「カラー評価と診断」)は,色の弁別能力を,「異常か正常か」ではなく,スコア化して評価することができます.それぞれ大規模な調査研究の末にすでに実地で使われており,アメリカの空軍パイロットもイギリスの民間航空パイロットもこの検査で評価されています.
 今回の発表では,イギリスのCAD を例に取り,従来の石原表での診断が,多くの誤診を生んでいたことを示します.つまり,石原表で正常とされた人と異常とされた人の間で色の弁別能力(赤-緑軸の弁別能力)が逆転している場合(「異常」の人よりも弁別能力が低い「正常」,あるいはその逆)も多く,正確性も公正さにもかけていたことが明らかになったのです.また,従来,「異常と正常」というカテゴリーに分けられていたことが思い込みにすぎず,色の弁別能力は,連続的に分布していることが分かったことも,固定観念を覆す「発見」です.
 このように色覚が連続的なもので,検査も不確かだとすると,「色覚異常」とはなんだったのでしょうか.それは,たまたま手にした検査方法によって「正常と異常」を区別してきたという面が大きいと言えます.「石原表で色覚異常は検出できるのであり,色覚異常とは石原表によって検出される異常である」と信じられてきたわけで,統計学ではこれを「悪しき操作主義」と呼ぶそうです.今後,本当に「検出して知らせる」ことが,本人の幸せにつながるのはどのようなケースなのか,「色覚異常」の概念そのものも含めて,根本的な再検討が必要でしょう.
 学校健診における色覚検査も同様です.その再検討には,学校保健の現場に伝統的に影響力の強かった,眼科だけでなく,色彩心理学など色にまつわる諸科学,工学分野,当事者団体,社会学的などの知見を持った人々がラウンドテーブルに就くことが必要でしょう.その場が,学校保健学会であることを願います.
 なお,「将来,就職の時に困るから」という理由で,検査を早期に薦めるという風潮があるようですが,その制限自体が,従来の検査に基づいた「異常と正常」という枠組みの中で決められた,根拠の薄いものであることに留意してください.また,現在,多様性の尊重が社会的な要請として語られるわけですから,様々な色覚タイプ(従来の「正常」も色覚のいちタイプと捉えましょう)の人がともに同じ職場で,個性を活かしつつ働きうる環境を作っていくべきでしょう.その場合,必要なのは「正常と異常を分ける検査」ではないはすです.望ましい社会的な対応を果たしていくためにも,学校保健学会での議論がひとつのきっかけになるよう望んでいます.

略歴:
1964年兵庫県明石市生,千葉県千葉市育,東京大学教養学部教養学科卒
ノンフィクション作家 小説作品に『空よりも遠く,のびやかに』『エピデミック』『銀河のワールドカップ』など.
ノンフィクション作品に『色のふしぎと不思議な社会 2020年代の色覚原論』『我々はなぜ我々だけなのか 
アジアから消えた多様な「人類」たち』など.