第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

脳血管疾患等

[PA-10] ポスター:脳血管疾患等 10

2023年11月11日(土) 14:10 〜 15:10 ポスター会場 (展示棟)

[PA-10-9] 失語症と視覚性運動失調を呈した症例のタイピング障害に対する作業療法経験

竹内 利貴1,2, 立崎 杏美1, 鴻上 雄一1, 若松 千裕3, 太田 久晶2,4 (1.社会医療法人柏葉会 柏葉脳神経外科病院リハビリテーション部, 2.札幌医科大学大学院保健医療学研究科, 3.北海道医療大学リハビリテーション科学部言語聴覚療法学科, 4.札幌医科大学保健医療学部作業療法学科)

【はじめに】情報通信技術の発展に伴いタイピングは重要性を増しているが,脳損傷によるタイピング障害の機序は多岐に渡り,障害機序に基づいた治療戦略が求められる.今回,タイピング時に複数種類のエラーが混在した脳梗塞例の作業療法を担当した.失語症やataxie optique(以下,AO)がタイピング障害の要因と考えられた対象者に,障害機序に基づきタイピング練習を行い,タイピング障害が部分的に改善したため報告する.なお,本発表には対象者より書面で同意を得た.
【症例紹介】40歳代右利き男性.早朝に意識を消失し,A病院に搬送され,脳梗塞と診断.翌日に作業療法開始となった.頭部MRI,FLAIRでは左島皮質,尾状核頭部,頭頂間溝周囲に高信号域を認めた.職業は公務員で,文書作成が主な業務であった.タイピングについて,発症前はキーを見ながら,時折ブラインドで打っていたが,発症後は極端に遅くなり,エラーが増えたと述べた.主訴として,職場復帰のためタイピングの再獲得を希望した.
【発症1か月後評価と治療方針】運動麻痺,感覚障害はなく,ADLは病棟内自立であった.自発話に喚語困難を認め,錯語には音韻性錯語を認めた.理解は比較的良好であった.失語症タイプは伝導失語であった.周辺視野に提示した刺激への到達運動では,右視野で右手に到達点のずれを生じ,同条件でのAOを認めた.タイピングのエラー内容は,音韻の入れ替えや,隣接したキーとの押し間違いであり,「backspace」と「¥」との押し間違いが頻回だった.音韻を入れ替えるエラーは失語症による影響と解釈し,自己モニタリング法を用いて,生じたエラーの内容を確認し,入力中にエラーに気付き修正できるよう練習を行った.また隣接したキーとの押し間違いはAOによる影響と解釈し,キーを中心視野で捉えてタイピングする練習を行った.
【経過】音韻を入れ替えるエラーについては,入力中徐々に気付くようになり,回数も減少した.また隣接したキーとの押し間違いは練習開始直後から減少した.発症後44日に実施した視覚提示による文章のタイピング速度は11.2字/分であった.
【発症2か月後の退院時評価】失語症は改善し,日常会話は良好であったが,文レベルの発話で音韻性錯語がわずかにあった.AOの出現やその程度,条件に変化はなかった.エラーの分析のために,SALA失語症検査の復唱と書取に加えて,同一単語でタイピング課題を実施した.復唱と書取には著明なエラーはなく,タイピングにも音韻を入れ替えるエラーは120個の単語入力中2回だった.「backspace」は23回の入力を必要としたものの,「¥」へのエラーは1回であった.しかし,キーボードの右側の他のキーには隣接キーへのタイプミスが10回あり,左側で同様のタイプミスはなかった.視覚提示による文章のタイピング速度は17.1字/分と向上した.
【考察】退院時には,失語症の改善に伴い,音韻を入れ替えるエラーは減少したが,AOによる隣接したキーとの押し間違いは残存した.音韻を入れ替えるエラーの減少には,自己モニタリング法が有効だった可能性がある.「backspace」に隣接したキーへのタイプミスが減少した一方で,他のキーに隣接したキーへのタイプミスが残存したのは,中心視野で捉えてからタイピングする流れを汎化できなかったからと考えた.失語症とAOにより生じたタイプミスの障害機序の分析には,タイピング,復唱と書取課題の比較が重要であった.タイピングの障害機序の解明には,タイピングだけでなく,他の出力様式の課題を行うことが有効と示唆される.本報告は,失語症並びにAOを呈する症例へのタイピング評価,治療展開に寄与する可能性がある.