第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

脳血管疾患等

[PA-7] ポスター:脳血管疾患等 7

2023年11月11日(土) 10:10 〜 11:10 ポスター会場 (展示棟)

[PA-7-8] 小脳梗塞により運動失調を呈した症例に対する自転車運転支援の経験

東 遥香1,2, 金子 翔拓2 (1.一般社団法人巨樹の会 蒲田リハビリテーション病院リハビリテーション科, 2.北海道文教大学大学院リハビリテーション科学研究科)

【背景】自転車は,生活空間の拡大や高齢者の身体・社会的機能を育み健康効果をもたらす一方, 自転車転倒は傷害リスクが高く,重度の擦り傷や骨折などの有害な健康アウトカムに繋がる可能性があると報告されており,リハビリテーションにおいても支援を求められる.今回,小脳梗塞により右側優位の運動失調を呈した症例を担当した.症例の強い希望により,自転車運転を行う場所や目的を考慮した支援を経験したため報告する.
【倫理的配慮】ヘルシンキ宣言に基づき,本報告に対して説明と同意を行い,個人情報の取り扱いには配慮した.
【症例紹介】A氏60代男性.X年Y月小脳梗塞発症.Y+1月,回復期病院入院.右上下肢及び体幹の運動失調を認め,SARA 6.5点,FBS 56点で独歩可能なバランス能力保持,ADL自立.また,生活に支障が出る高次脳機能障害も認めなかった.面接にて,健康のため自宅から職場までの自転車通勤の希望あり.自宅周辺環境は,河川敷が近く,通勤も河川敷の自転車レーンを通行し可能であることがわかった.
【経過】入院中に2回,計2時間の自転車運転練習を実施.練習環境は,当院屋上の平坦な路面にて両サイドからOTRが並走し実施.その際に走行の様子を動画撮影し,振り返りに活用.自転車の①乗り降り,②スタンド操作,③押して歩く,④自転車運転,に分けて評価・練習を行い,①②③は初回練習時点で問題なく可能であり,④自転車運転の経過について述べる.初回,漕ぎ始めに右へ傾倒し,修正しようとして左へ大きくハンドルを切りバランスを取れずに足をつく,頭頸部は正中に固定,肩関節外転位にて,自転車の傾倒に対する立ち直りをハンドル操作のみで行おうとする様子が見られた.動画を見たA氏の振り返りとして,「手が定まらない」「脇を閉じると安定するかもしれない」が挙げられた.OTRからは,傾倒時の立ち直りをハンドル操作に頼り,ハンドルを大きく切ってしまうことによりバランスを崩していること,ハンドル操作は最小限にし,ある程度スピードに乗れるようにすることを伝えた.またOTアプローチとして立位バランス,体幹・上肢失調に対する筋力・協調運動訓練, 耐久性向上のために自転車エルゴメーターを立案し,自転車運転の実動作が可能なレベルのバランス能力を獲得後, 2回目の自転車運転練習を実施.漕ぎ出す際に肩甲帯挙上,ハンドルを水平に保ち走行.漕ぎ出しの際の上肢・体幹の失調症状を,肩甲帯挙上で固定し抑制する様子が観察された.自転車運転練習を反復することで,スピードに乗ってからは肩甲帯周囲筋の筋緊張緩和が可能となり,左右の緩やかなカーブ走行も可能となった.その後,河川敷での限定的な自転車走行練習から実施し,外来リハビリにて段階的に応用的な環境での練習へ繋げていくこととなった.
【考察】A氏は検査上,バランス能力は高かったが,自転車運転に必要な高度なバランス能力や上肢・下肢・体幹の協調運動が求められる動作には,失調症状による転倒リスクがあると考えられた.先行研究にて,高齢者における上肢の拮抗筋同士の収縮率は自転車運転の動揺時に高く,この運動制御スキルが自転車転倒と関連している可能性があると報告されている.A氏は上肢の失調症状の抑制が自転車走行の安定性向上に繋がったことから,自転車運転時の上肢の安定性へのアプローチは有効であると考えた.また,自転車運転支援に際して目的や運転環境も重要であり,自転車レーンのある環境での走行や,三輪車の提案も安全運転や事故・転倒の防止に繋がると思われるため,今回のA氏への介入を通して,今後の自転車運転支援のあり方を考える一助にしたい.