第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

脳血管疾患等

[PA-9] ポスター:脳血管疾患等 9

2023年11月11日(土) 12:10 〜 13:10 ポスター会場 (展示棟)

[PA-9-16] 脳卒中後重度感覚障害を呈した患者の麻痺手使用の向上における心理的要素の重要性:事例報告

弓勢 佳奈, 南川 勇二, 生野 公貴 (医療法人友紘会 西大和リハビリテーション病院リハビリテーション部)

【はじめに】脳卒中患者のQOL向上には実生活での麻痺手使用が重要であるが,感覚障害の存在は麻痺手の使用頻度を低下させるとの報告がある.その原因として,質的研究において運動の困難さによる失敗体験や精神疲労が挙げられている.今回,重度感覚障害を呈した脳卒中患者の麻痺手使用の向上にむけて,価値観を考慮して生活での麻痺手の使用場面を設定したことで,麻痺手の使用量と効力感が向上したため報告する.
【事例紹介】事例は左橋脳出血を発症後46病日に回復期病棟に入院した80歳代の右利き女性.MMSE22点.80病日の右上肢Fugl-Meyer Assessment(以下,FMA)は57/66点,Action Research Arm Test(以下,ARAT)は36/57点と運動麻痺は軽度だが,表在および深部感覚は重度鈍麻であった.また,上肢運動時には著明な感覚性失調を認め「右手は何をするか分からないから,左手で押さえておかないといけない」と述べた.Motor Activity Log(以下,MAL)のAmount of Use(以下,AOU)は0.23/5点,Quality of Movement(以下,QOM)は0.3/5点であり,MALの下位項目の内,事例が実施する10項目と練習中の起居/移乗において,生活で麻痺手を使用する自信(以下,効力感)を各項目毎にNumerical Rating Scale(以下,NRS)で聴取すると,櫛の使用と起居以外は全て0であった.本報告に際し本人より手記にて同意を得た.
【経過】生活での麻痺手使用を目標に,感覚障害に対する代償方法や自助具の提案,環境設定を実施し,エラーレス練習により,更衣やトイレ動作等での麻痺手の使用量は増加した.そこで,105病日より食事場面で麻痺手の使用を促した.初回より麻痺手で8割摂取可能であったが,次第に「体を倒して食べるのは行儀が悪い」と集団環境では他者の視線を気にして麻痺手の使用量は低下した.部屋食へ変更すると「1人だから頑張る」と再び麻痺手で10割摂取可能となった.しかし,次第に「下膳に間に合わないと迷惑をかけるから左手を使ってしまう」と食事時間を心配して積極的な麻痺手使用に至らなかった.MALはAOU2.0/QOM2.2,効力感はNRSで更衣7/グラス0/コップ3/物品運搬2/食事動作4と低く「右手を使うのは危険」と述べた.136病日に食事での麻痺手使用を中止し,感覚障害の代償手段に加えて事例の価値観を考慮し,時間的制約が無く失敗時に自己解決が可能な車椅子のブレーキ操作と靴の着脱を麻痺手で実施するよう促した.継続すると「しっかり右手を見てしないといけない」「着替えで右手の使い難さは無い」と述べ,麻痺手に対する内省に変化が見られた.168病日,FMA64点,ARAT46点と運動機能は改善したが感覚障害は重度鈍麻のままであった.生活場面では,扉の開閉やハサミ操作等,麻痺手の使用場面を主体的に考え,適切に代償し実施するようになった.MALはAOU3.3/QOM3.0,効力感はNRSで食事動作は4と変わらず,グラス10/コップ5/物品運搬7と他項目では向上した.麻痺手に対して「動きが分かってきた」「しっかり見れば右手も使える」と内省が変化し,麻痺手で孫へ手紙を書くことや料理の希望が聞かれるようになった.
【考察】本事例の麻痺手使用の阻害要因は,感覚性失調に伴う課題の失敗体験に加え,神経質で他者への配慮を重視する性格も影響していたと推察された.事例の価値観を考慮して麻痺手で行う活動を設定したことで,生活で麻痺手を使用する自信が向上し,主体的な使用に繋がったと考えられた.重度感覚障害を呈した患者に対して,生活での麻痺手使用を促進する際は,感覚障害に対する難易度調整に加え,性格特性や価値観を考慮した麻痺手使用場面の選択や環境設定を行うことが重要であると考える.