日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT16] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2021年6月3日(木) 17:15 〜 18:30 Ch.08

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)、竹内 望(千葉大学)

17:15 〜 18:30

[HTT16-P11] 炭素安定同位体比を利用した街路樹の大気汚染ストレス診断

*半場 祐子1、松本 真由1、清水 啓史1、木下 智光1、久米 篤2 (1.京都工芸繊維大学、2.九州大学)

キーワード:光合成、気孔、水利用効率

日本の都市部において、自動車などから排出される大気汚染物質、特に窒素酸化物の問題が「都市・生活型」の大気汚染として顕在化したのは1970年代からである。2021年現在の日本では大気中の窒素酸化物の量は全般的に着実に減少してはいるものの、交通量が多い地点では二酸化窒素の量が環境基準濃度を上回ることがあるなど、都市における大気汚染は、日本においても決して過去の問題ではない。一方、2000年代以降、アジア地域では中国やインドなどの著しい経済成長に伴って大気中の窒素酸化物の量が劇的に増加しており、深刻な大気汚染の問題を引き起こしている。

都市に植栽されている街路樹は、樹冠での大気汚染物質の吸収や捕捉、緑陰形成による高温化の抑制、光合成による二酸化炭素の吸収などの多くの効用を持つ。光合成は街路樹の生長や生存を支える生理的な働きであるため、光合成活性を維持することは、過酷な環境である都市部で樹木が生存していくためには必須である。しかし、光合成活性は大気汚染をはじめとする様々なストレスに対して非常に敏感であり、特に光合成に必要な二酸化炭素を取り込む「気孔」は、ストレスを感じるといち早く閉じてしまい、その結果、光合成が低下する。街路樹の光合成機能を維持していくためには、植栽されている街路樹の気孔のはたらきを現場で診断できる技術が必要である。葉に含まれる光合成産物の炭素安定同位体分別(Δ13C)は、平均的な気孔の開度を反映することが分かっており、これまでに自然界の植物のストレス判定に広く用いられてきているが、都市部の植物に適用した研究例は限られている。

本発表では、街路樹が受けている大気汚染ストレスを診断するため、2007年から2019年にかけて調査を行った結果を報告する。調査対象の樹木としては、「ヒラドツツジ」と「イチョウ」を選んだ。ヒラドツツジは低木の街路樹としては日本国内でも最も多く利用されている樹種であり、常緑で樹高1m程度以内に刈り込まれていることが多いため、自動車の排気ガスの影響を非常に受けやすい。イチョウは高木の街路樹として日本で最も多く利用されている樹種であり、落葉性で、樹高は都市部では刈り込みにより20m以下に抑えられていることが多い。

次のようにして調査を行なった。
交通量が異なり、大気中の窒素酸化物の濃度が異なると予想される調査地を京都市内で21か所選定した。 ヒラドツツジおよびイチョウの枝を採取し、2016年と2017年度については葉の光合成機能を詳細に解析した。 ヒラドツツジおよびイチョウの葉を採取してΔ13Cを算出し、調査地点における二酸化窒素濃度との関係を定式化した。Δ13Cの算出にあたっては、実測した大気中の二酸化炭素の炭素安定同位体比をもちいた補正を行なった。窒素酸化物の量については、国立環境研究所から提供されているデータベースの値を用いた。 交通量と3)のデータを用いて、京都市内でのヒラドツツジのΔ13Cをマッピングした。
2016年−2017年の光合成データ解析により、ヒラドツツジは大気汚染物質濃度が高い調査地で光合成速度が低くなっているのに対して、イチョウでは逆に大気汚染物質濃度が高い調査地で光合成速度が高くなっていることが明らかになった。2007年-2019年の年次データを解析したところ、ヒラドツツジについては、大気中の二酸化窒素濃度が高いほどΔ13Cが小さくなった。二酸化窒素濃度が高い調査地の方が、ヒラドツツジの気孔の開度が小さいことを示しており、高い二酸化窒素濃度が、ヒラドツツジにとってストレスとなっていることが明らかになった。一方、イチョウについては二酸化窒素濃度にかかわらずΔ13Cはほぼ一定の値となり、二酸化窒素が気孔の挙動に与える影響は小さいことが示された。ヒラドツツジについてΔ13Cをマッピングしたところ、京都駅周辺の交通量が特に多い地点でΔ13Cが小さくなっていたことから、これらの地点では主に自動車の排気ガスによる影響によってヒラドツツジの気孔開度が小さくなっていることが示された。