日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS10] 活断層と古地震

2021年6月4日(金) 17:15 〜 18:30 Ch.15

コンビーナ:小荒井 衛(茨城大学理学部理学科地球環境科学コース)、白濱 吉起(国立研究開発法人産業技術総合研究所地質調査総合センター活断層火山研究部門活断層評価研究グループ)、佐藤 善輝(産業技術総合研究所 地質情報研究部門 平野地質研究グループ)、吉見 雅行(産業技術総合研究所活断層・火山研究部門)

17:15 〜 18:30

[SSS10-P13] 海底段丘と海成段丘から推定される南西諸島中部周辺の海底活断層の変位様式

*後藤 秀昭1 (1.広島大学大学院人間社会科学研究科)

キーワード:地形アナグリフ、変動地形、海底段丘、伊江島、数値標高モデル

1. はじめに 

 南西諸島の島棚上に分布する島々の多くに隆起したサンゴ礁段丘が発達している。それらの地形から島による隆起速度の違いが検討されてきた(木庭,1980など)が,孤立した島が点在する島嶼部であり,面的な地殻変動の様子やその要因については理解が進んでいなかった。近年,マルチビーム測深機を用いて詳細な地形が面的に明らかにされ,海底の活断層分布(Goto et al., 2018,Arai et al., 2018など)や,陸上地形の数値標高モデルとあわせて海底と陸上を統合した地形分析が進みつつある(Goto,2016など)。

 南西諸島の背弧海盆である沖縄トラフには,正断層が高密度に分布し,活発なリフティングが起こっているとされている。一方,南西諸島海溝に沿ってはフィリピン海プレートの沈み込みに伴う逆断層やそれに伴う変形が確認されているが,それらに挟まれる島棚周辺での活構造は複雑でよくわかっていない。GNSSなどの測地学的研究からは,南西諸島周辺では沖縄トラフの活動が卓越して現れており,南西諸島海溝の近傍のみでプレート境界が固着しているとされる(Tadokoro et al., 2016)。島棚周辺の探査記録の解析からは,島棚に平行および直交する向きの伸張によって正断層が発達しているとされる(Arai et al., 2018)。一方,変動地形学的検討からは,島棚と平行する方向の逆断層の運動によって地形が変形した様子が確認されるとした(Goto et al., 2018など)。

本研究では,南西諸島中部にあたる沖縄島北西沖周辺を対象に,海底段丘および海成段丘を分析することで読み解ける地殻変動様式を明らかにし,島棚周辺に分布する海底活断層の変位様式およびそれをもたらす数万年スケールの圧縮応力軸の推定を試みる。これらを通して,海底段丘および海成段丘を組み合わせて変動地形を分析することの重要性を提示したい。

2.研究方法 

 伊江島の陸上地形と周辺の海底地形を統合した地形図や地形アナグリフを作成して地形分類および旧汀線高度の測定をおこなった。伊江島の陸上地形については国土地理院のカラー空中写真をSfM-MVS技術を用いたソフトウェア(Agisoft社製 PhotoScan Professional 1.2.6)に取り込み,数値表層モデル(DSM)を生成した(後藤,2015)。空中写真は1977年の人工改変の少ない時期に撮影された約8,000分の1のもの(COK-77-1)を1200dpiでスキャンした33枚の画像を用いた。また,地上基準点(GCP)には同時期に作成された国土基本図を用いた。また,現地においてSpectra社のPrecision ProMark120を用いたGNSSのスタティック法による測位により得た値を用いてDSMの精度を確認した。これにより,約6m間隔の伊江島のDSMが得られた。

 一方,海底地形の情報はマルチビーム測深データを収集した。具体的には,1)海上保安庁の安原(2013),2)産業技術総合研究所の荒井編(2013),3)JAMSTECの航海・潜航データ・サンプル探索システム「Darwin」から収集したマルチビーム測深データに加え,4)(財)日本水路協会発行のM7020の等深線データ,5)海上保安庁の500m間隔のデータ(J-EGG500)を用いた。

 これらの陸上のDSMと海底のDEMをSimple DEM viewerに読み込み,後藤(2014)の方法に従って海陸を統合的に判読できる一枚の地形アナグリフとした。これを用いて地形判読に用い,地形図と重ねあわせて旧汀線の位置を特定し,その高度を読み取った。

3.結果

1)伊江島の海成段丘とその高度分布

 伊江島は城山を除き海成段丘面からなり,3〜5段に区分できる(Nishimura et al., 1973)。DSMから作成した地形アナグリフでは垂直倍率を強調して把握することができ,段丘面を分ける急崖の連続をよく追跡することができた。段丘面を上位からH1面,H2面,M1面,L面群の4面に区分した。これらのうち,H2面およびM1面の内側の急崖は連続がよく,小池・町田編(2001)はM1面をMIS5eの段丘面に対比している。急崖基部を旧汀線高度として測定した結果,H2面では北〜北東部で72〜70mに対し,南〜南西部で50〜45mであり,M2面は北東部で38mに対し,南〜南西部で14〜26mであった。旧汀線高度の等値線は北北東―西南西〜北東―南西を最大傾斜方向とする傾動を示す。M1面をMIS5e,H2面をMIS6と仮定して,傾動速度を算出すると,それぞれ3.7×10^-5/kyr,4.6×10^-5/kyrとなった。

2)伊江島周辺の海底段段丘とその高度分布

 伊江島周辺の浅海底には海底段丘が発達しており,130m以浅の段丘は3段に区分できる。上位よりT1面,T2面,T3面に区分した。海底段丘の発達がよく,北に隣接する伊平屋伊是名島諸島周辺の海底段丘(Goto,2020)とよく似ており,それぞれの陸地側の基部の深度はT1面で-50〜-60m程度,T2面で-80〜-90m,T3面で-110〜-120mである。最も広く確認でき,連続性のよいT2面の基部を伊江島周辺で観察したところ,-84〜-86mで系統的な深度の違いを認めることはできなかった。また,T1面の基部でも同様に系統的な地域差を確認できなかった。

4.考察

1)海成段丘と海底段丘での傾動の存否とその理由

 陸上の海成段丘で認められた傾動が海底段丘では確認できない要因としては,1)海底段丘形成以降に傾動が生じていないか, 2)傾動の区間に海底段丘が分布しないか,3)傾動を受けた期間が大きく異なることが考えられる。伊江島のノッチの分布高度から完新世の南への傾動が指摘されており(河名,2001),それより古いと考えられる海底段丘は傾動している可能性が高く,1)は考えにくい。また,海成段丘の傾動量の等値線から傾動の範囲を外挿すると,海底段丘分布域付近まで傾動が及んでいると考えられ,2)の可能性もほとんどないと考えられる。一方,海成段丘はMIS5またはMIS7に形成されたと考えられるのに対し,T1面およびT2面はMIS2以降に形成されたと考えられる(堀・茅根,2000)。したがって,傾動の累積期間が短く,明確な地域差として現れるほどではなかった可能性が考えられ,3)が支持される。さらに,傾動速度が小さいために地形的に確認できないことが示唆されているとも言える。

2)伊江島の北の海底活断層の変位様式

 伊江島の北に位置する伊平屋島周辺に分布する海底段丘のT2面およびT3面には北西から南東への明瞭な傾動が確認され,その傾動速度は1×10^-4/kyrに達するとされている(Goto, 2020)。この傾動が生じた要因として諸島の北西沖に北東―南西方向に延びる急崖に沿って逆断層が活動している可能性が指摘されている(Goto, 2020)。

伊江島の北には東西〜西北西―東南東方向に延びる海底活断層が延びているとされており(海上保安庁,1987),傾動を生み出した要因の可能性が考えられる。ただし,伊江島での傾動速度は3.7×10^-5/kyr,4.6×10^-5/kyrに過ぎず,伊平屋島周辺の傾動の半分以下である。また,伊平屋島の傾動の幅は10kmを超えているのに対し,伊江島での傾動率が変化しないとして外挿しても傾動の幅は最大で6km程度に過ぎない。すなわち,伊江島の傾動は,伊平屋島の傾動と比べ,傾動速度および傾動の波長ともに大きく異なり,いずれも半分以下と考えられる。

これらを踏まえると,伊江島の北の急崖に沿った活断層の変位様式は逆断層ではなく,正断層か,横ずれ断層であり,この断層の変位によって伊江島の傾動がもたらされたとすると説明が容易である。すなわち,数千〜数万年のタイムスケールで考えると,伊江島周辺でも,伊平屋島周辺や島棚中軸の与論島周辺と同様に北西―南東方向に水平圧縮応力が働いている可能性が指摘できる。海底段丘および海成段丘を用いた変動地形学的検討からは,この地域は沖縄トラフの一部として伸張場にあるとする測地学や地球物理探査記録から解釈されている見解とは大きく異なる結論が導かれる。



謝辞:科学研究費補助金(課題番号:19H01374)の一部を使用した。



文献:木庭元晴(1980)第四紀研究;Goto, H. (2016) Earthquakes, Tsunamis and Nuclear Risks;Goto, H. et al. (2018) Geosciences;Arai, K. et al. (2018) PEPS;Tadokoro, K. et al. (2016) Geophys Res Lett;後藤秀昭(2015)活断層研究;安原徹(2013)海洋情報部研究報告;荒井晃作ほか(2013)地質調査総合センター速報;後藤秀昭(2014)広島大学大学院文学研究科論集特輯号;Nishimura, K. et al. (1973) The science reports of the Tohoku University. 7th series, Geography;小池一之・町田洋編(2001)『日本の海成段丘アトラス』東京大学出版会;Goto (2020) Hokudan2020;河名俊男(2001)地学雑誌;堀和明・茅根勇(2000)地理学評論;海上保安庁(1987)海底地質構造図「伊江島」